・・・のようにきょうの一般の現実には失われた世界の常識にぬくもって、美文に支えられているとき、野上彌生子が、「迷路」にとりくんでいることは注目される。「青鞜」の時代、ソーニャ・コヴァレフスカヤの伝記をのせたが、青鞜の人々の行動の圏外にあった野上彌・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・自分の思って居る事、考えて居る事を、男が味のない話でうちこわしにかかると女はいつでもフッと口をつぐんで、すき通る結晶体の様な様子をしてたかぶった目色をして男を見て居た。時には自分の予期して居る返事とまるであべこべの事を云われた時の辛い心を味・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ 大きい買物、小さい買物という暮しぶりの娘さんがこの迷路に引きまわされた揚句、つまりは現状維持の気持に裾をとられてゆく過程は、誰の目にも見易いことであると思う。職業をもったということは、彼女たちに、自分のとれる金銭のたかを教え、同じ環境・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」
・・・それを強いて空間的感覚にしようと思うと、ミュンステルベルヒのように内耳の迷路で方角を聞き定めるなどと云う無理な議論も出るのである。 お松は少し依怙地になったのと、内々はお花のいるのを力にしているのとで、表面だけは強そうに見せている。・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫