・・・ 本堂の傍に、こうした持込みの場合の便宜のために、別に式壇が設けられてあって、造花などひととおり飾られてあった。そこへ位牌堂から先祖の位牌が持ちだされて、父の遺骨が置かれた。思いがけなかった古い親戚の人たちもぼつぼつ集ってきた。村からは・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・老父は小商いをして小遣いを儲けていた。継母は自分の手しおにかけた耕吉の従妹の十四になるのなど相手に、鬼のように真黒くなって、林檎や葡萄の畠を世話していた。彼女はちょっと非凡なところのある精力家で、また皮肉屋であった。「自家の兄さんはいつ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・その教授は自分の主裁している研究所の一隅に彼のための椅子を設けてくれた。そして彼は地味な研究の生活に入った。それと同時に信子との結婚生活が始まった。その結婚は行一の親や親族の意志が阻んでいたものだった。しかし結局、彼はそんな人びとから我が儘・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 日清の間が切迫してくるや、彼はすぐと新聞売りになり、号外で意外の金を儲けた。 かくてその歳も暮れ、二十八年の春になって、彼は首尾よく工手学校の夜学部に入学しえたのである。 かつ問いかつ聞いているうちに夕暮近くなった。「飯を・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・「ほう、そいつぁ、儲けたな。」 松木と武石とが調理台の方から走せ込んで来た。 札も、汗と垢とで黒くなっていた。「どれどれ、内地の札だな。」松木と武石とはなつかしそうに、それを手に取って見た。「内地の札を見るんは久しぶりだぞ。・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさしているんだからということを笠にきて外米入らずを持って来させる。問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売って呉れぬかというと、これはお客・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 百姓は、稲を刈り、麦を蒔きながら、自動車をとばし、又は、ぞろ/\群り歩いて行く客を見ている。儲けるのは大阪商船と、宿屋や小商人だけである。寒霞渓がいゝとか「天下の名勝」だとか云って宣伝するのも、主に儲けをする彼等である。百姓には、寒霞・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・……大方眠りつこうとしていると、不意に土間の隅に設けてある鶏舎のミノルカがコツコツコと騒ぎだした。「おどれが、鶏をねらいよるんじゃ。」おしかは寝衣のまま起きてマッチをすった。「壁が落ちたんを直さんせにどうならん!」 二・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・同じく祭りのための設けとは知られながら、いと長き竿を鉾立に立てて、それを心にして四辺に棒を取り回し枠の如くにしたるを、白布もて総て包めるものありて、何とも悟り得ず。打見たるところ譬えば糸を絡う用にすなるいとわくというもののいと大なるを、竿に・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・此地の温泉は今春以来かく大きなる旅館なども設けらるるようなりしにて、箱館と相関聯して今後とも盛衰すべき好位置に在り。眺望のこれと指して云うべきも無けれど、かの市より此地まであるいは海浜に沿いあるいは田圃を過ぐる路の興も無きにはあらず、空気殊・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫