・・・向うには勿論花で飾られた高い祭壇が設けられていました。そのとき、私は又、あの狼煙の音を聞きました。はっと気がついて、私は急いでその音の方教会の裏手へ出て行って見ました。やっぱり陳氏でした。陳氏は小さな支那の子供の狼煙の助手も二人も連れて来て・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・家の小さいことは地積の関係ばかりでなく、代々この地方の農民が、決して、祖先からの骨をこの土地に埋めて来た稲田から、地主のように儲けたことは唯一度もなかったことを告げている。 稲田の間を駛りながら、私はつい先頃新聞に出た「百万人の失業者」・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・仕事の性質上婦人が多いので、ここの衛生委員は特別に歯科の診療所を工場内に設けた。小ざっぱりとした白い壁の小部屋で、ピカピカ清潔な医療道具がガラス箱の内に揃っている。白い上っぱりを着た医者が一人の女の患者を扱っているところだった。「女はど・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・政府が赤字やりくりのために思いついて、先ず五十円券をどっさり買わせ、それで第一段儲け、ついで五人のひとに百万円あてさせて、こんどは売れのこりに一本あったから四百万円だけはらって、それが何かの形でまた逆にかえって来て、金まわりを助けてゆく。こ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・自ら席を設けて公衆に語るようになった。柵草紙と云ったのがその席だ。この柵草紙の盛時が、即ち鴎外という名の、毀誉褒貶の旋風に翻弄せられて、予に実に副わざる偽の幸福を贈り、予に学界官途の不信任を与えた時である。その頃露伴が予に謂うには、君は好ん・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・そのうち誰やらがどこからか聞き出して来て、あれは戦争の時満洲で金を儲けた人だそうだと云う。それで物珍らしがる人達が安心した。 建築の出来上がった時、高塀と同じ黒塗にした門を見ると、なるほど深淵と云う、俗な隷書で書いた陶器の札が、電話番号・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・彼女の部屋はチュイレリーの宮殿の中で、ナポレオンの寝室の隣りに設けられた。しかし、新しきナポレオン・ボナパルトは、またこの古い宮殿の寝室の中で、彼の厖大な田虫の輪郭と格闘を続けなければならなかった。 ナポレオンは若くして麗しいルイザを愛・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・幾らお金を儲けても、早く死んだら何もならない。」「百姓をさせば好い、百姓を。」 と兄は言った。「吉は手工が甲だから信楽へお茶碗造りにやるといいのよ。あの職人さんほどいいお金儲けをする人はないっていうし。」 そう口を入れたのは・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・母親は「四万の倉の宝に代へて儲けたる子を、何処へ取り行くぞや」と言って追いかけたが、鷲は四か国の境の山岳の方へ姿を消してしまった。長者夫妻は非常な嘆きに沈んで、鷲が飛んで行ったその深山の中へ、子をさがしに分け入った。 玉王をさらった鷲は・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・その壺で儲けたある骨董屋の事を考える。同様にまた彼らが一人の美女を見る場合にも、この女の容姿に盛られた生命の美しさは彼らには無関係である。彼らはただ肉欲の対象として、牛肉のいい悪いを評価すると同じ心持ちで、評価する。この種の享楽の能力は、嗅・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫