・・・其処には友達が三人来合わせて居ました。やあ、やあ、めかして何処へ行くのだと、既に酔っぱらっている友人達は、私をからかいました。私は気弱く狼狽して、いや何処ということもないんだけど、君たちも、行かないかね、と心にも無い勧誘がふいと口から辷り出・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・御気分でもお悪いのですか。やあ、ロシアの侯爵閣下ではございませんか。」 おれは身を旋らしてその男を見た。おれの前に立っているのは、肥満した、赤い顔の独逸人である。こないだ電車から飛び下りておれのわざと忘れて置いた包みを持って来てくれて、・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・寒い時分であったと思うが、二階の窓から見ていると黒のオーバーにくるまった先生が正門から泳ぐような格好で急いではいって来るのを「やあ、来た来た」と言ってはやし立てるものもあった。黒のオーバーのボタンをきちんとはめてなかなかハイカラでスマートな・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ちょいと小手を取ったんだが、そこがそら、竹刀を落したものだから、どうにも、こうにもしようがないやあね」「ふうん。竹刀を落したのかい」「竹刀は、そら、さっき、落してしまったあね」「竹刀を落してしまって、小手を取られたら困るだろう」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・始め長谷川君の這入って来た姿を見たときは――また長谷川君が他の昵懇な社友とやあという言葉を交換する調子を聞いた時は――全く長谷川君だとは気がつかなかった。ただ重な社員の一人なんだろうと思った。余は若い時からいろいろ愚な事を想像する癖があるが・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・「おやいいものを戴いて、この中には何が這入ってるだろう、あけて御覧んなさい。おやいいもんだネー。オヤもうお帰でございますか。」「おい君暫く逢わなかったネー。」「やあ珍らしい。まアお目出とう。」「君はいつから足が立つようになったのだ。僕は・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・「はい。やあ、君か。はいれ。」「カンが来たろう。」「うん。いまいましいね。」「全くだ。畜生。何とかひどい目にあわしてやりたいね。」「僕がうまいこと考えたよ。明日の朝ね、雨がはれたら結婚式の前に一寸散歩しようと云ってあいつ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・「うあい又三郎、汝などあ世界になくてもいいなあ。」 すると三郎はずるそうに笑いました。「やあ耕助君、失敬したねえ。」 耕助は何かもっと別のことを言おうと思いましたが、あんまりおこってしまって考え出すことができませんでしたので・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 私は直覚的に若しやあの人が「Aさん」と云われて居る人じゃああるまいかと思った。 私の下の級で「Aさん」は文章達者な人だと云う事が話に出た事があるし又その文章を見せてもらった事も有ったが、色の淡い、おっとりした淋しい筆つきの人だと云・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・「やあ。お出なさいましたか。まだ飾磨屋さんを御存じないのでしたね。一寸御紹介をしましょう」 こう云って蔀君は先きに立って、「御免なさい、御免なさい」を繰り返しながら、平手で人を分けるようにして、入口と反対の側の、格子窓のある方へ行く・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫