・・・く思ってるものの、おとよの一身に関することは、世間晴れての話でないから、親類とてめったな話もできずにおったところ、省作の家の人たちの心持ちがすっかり知れてみると、いつまでそうしては置けまいと、お千代がやきもきして佐介を薊の方へ頼みにやった。・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「私どものは、なアに、もう、どうでもいいので、始終私が家のことをやきもき致していまして、心配こそ掛けることはございましても、一つとして頼みにならないのでございますよ。私は、もう、独りで、うちのことやら、子供のことやらをあくせくしているの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・まだ暑さが去っていなかったこととて思いきって生ビールの樽を仕込んでいた故、はよ売りきってしまわねば気が抜けてわやになると、やきもき心配したほどでもなく、よく売れた。人手を借りず、夫婦だけで店を切り廻したので、夜の十時から十二時頃までの一番た・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・私は、ひとりでやきもきしていた。 恋、かも知れなかった。二月、寒いしずかな夜である。工場の小路で、酔漢の荒い言葉が、突然起った。私は、耳をすました。 ――ば、ばかにするなよ。何がおかしいんだ。たまに酒を呑んだからって、おらあ笑われる・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・二十年間、あなたはその間に、立派な全集を、三種類もお出しなさって、私のほうは明治大正の文学史どころか、昭和の文壇の片隅に現われかけては消え、また現われかけては忘れられ、やきもきしたりして、そうして此頃は、また行きづまり、なんにも書けなくなり・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私ひとりで、やきもきしてたって仕様がない。太宰さん。あなたの御意見はどうなんです。こんなになめられて口惜しく思いませんか。私は、あなたのお家のこと、たいてい知って居ります。あなたの読者だからです。背中の痣の数まで知って居ります。春田など、太・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・だから太閤も、やきもきせざるを得なかったのだ。」 男ってへんなものだ、と私は黙って草をむしりながら考える。大政治家の秀吉が、風流の点で利休に負けたって、笑ってすませないものかしら。男というものは、そんなに、何もかも勝ちつくさなければ気が・・・ 太宰治 「庭」
・・・そうは思わんかね」などと私は笑った。「初めここへ来たころは、私もそうでした。みんな広大な土地をそれからそれへと買い取って、立派な家を建てますからな。けれど、このごろは何とも思いません。そうやきもきしてもしかたがありませんよって。私たちは・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 娘があんまり利口でもないしするから、片方の口は信じられないと、女の子によほど心を傾けて居ない栄蔵は、やきもきして、どうにかせずばとさわぐお節をなだめて居た。 仕舞には、きっと、「今になって、何や彼やわしにやかましゅう云うて・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫