・・・と見れば、豆板屋、金米糖、ぶっ切り飴もガラスの蓋の下にはいっており、その隣は鯛焼屋、尻尾まで餡がはいっている焼きたてで、新聞紙に包んでも持てぬくらい熱い。そして、粘土細工、積木細工、絵草紙、メンコ、びいどろのおはじき、花火、河豚の提灯、奥州・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ その日、隊長は鶏のスキ焼きをしたいと思った。 隊長がそう思ったということは、即ち地球から鶏が姿を消してしまわない限り、赤井、白崎の両名はその欲すると欲せざるとを問わず、唐天竺までも鶏を探し出して来なければならないということと同じで・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・そして硝子窓をあけて、むっとするようにこもった宵の空気を涼しい夜気と換えた。彼はじっと坐ったまま崖の方を見ていた。崖の路は暗くてただ一つ電柱についている燈がそのありかを示しているに過ぎなかった。そこを眺めながら、彼は今夜カフェで話し合った青・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・しかし此頃に成って見ると矢張仕事ばかりじゃア、有る時や無い時が有って結極が左程の事もないようだし、それに家にばかりいるとツイ妹や弟の世話が余計焼きたくなって思わず其方に時間を取られるし……ですから矢張半日ずつ、局に出ることに仕ようかとも思っ・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ 七つの落ち葉の山、六つまで焼きて土曜日の夜はただ一つを余しぬ。この一つより立つ煙ほそぼそと天にのぼれば、淡紅色の霞につつまれて乙女の星先に立ち静かに庭に下れり。詩人が庭のたき火も今夜をかぎりなれば残り惜しく二人は語り、さて帰るさ、庭の・・・ 国木田独歩 「星」
・・・言にいでて言はばゆゆしみ山川のたぎつ心を塞かへたりけり思ふこと心やりかね出で来れば山をも川をも知らで来にけり冬ごもり春の大野を焼く人は焼きたらぬかもわが心焼くかくのみにありけるものを猪名川の奥を深めて吾が念へりける・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・パルチザンと鉄砲で撃ち合いをやり、村を焼き、彼等を捕えて、白衛軍に引渡す、そういうことにあきてしまった。白軍の頭領のカルムイコフは、引渡された過激派の捕虜を虐殺して埋没した。森の中にはカルムイコフが捕虜を殺したあとを分らなくするために血に染・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・の札を立てている焼き饅頭を買って、やっと空腹を医した。「下駄は足がだるい。」「やっぱり草履の方がなんぼ歩きえいか知れん。」 両人はそんな述懐をしながら、またとぼとぼ歩いた。 帰りには道に迷った。歩きくたびれた上にも歩いてやっ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・余り気の毒な位の、至って些細な、下らぬものでありまして、名誉心と道義心との非常に強かった馬琴は、晩年に至りまして、これらの下らぬ類の著作を自分が試みたといわれるのを遺憾に思って、自らその書をもとめては焼き棄てたといい伝えられて居る程でござい・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・時までの間にはすべてで八十八か所の火の手が、一つになって、とうとう本所、深川、浅草、日本橋、京橋の全部と、麹町、神田、下谷のほとんど全部、本郷、小石川、赤坂、芝の一部分が、まるで影も形もなく、きれいに焼きつくされてしまったのです。 その・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫