・・・「おれの国の人間は、みんな焼くよ。就中おれなんぞは、――」 そこへ婆さんが勝手から、あつらえ物の蒲焼を運んで来た。 その晩牧野は久しぶりに、妾宅へ泊って行く事になった。 雨は彼等が床へはいってから、霙の音に変り出した。お蓮は・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・そう云う内にも外の天気は、まだ晴れ間も見えないばかりか、雷は今にも落ちかかるかと思うほど、殷々と頭上に轟き渡って、その度に瞳を焼くような電光が、しっきりなく蓆屋根の下へも閃いて来ます。すると今まで身動きもしなかった新蔵が、何と思ったか突然立・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・そして一か所、作物の殻を焼く煙が重く立ち昇り、ここかしこには暗い影になって一人二人の農夫がまだ働き続けていた。彼は小作小屋の前を通るごとに、気をつけて中をのぞいて見た。何処の小屋にも灯はともされずに、鍋の下の囲炉裡火だけが、言葉どおりかすか・・・ 有島武郎 「親子」
・・・彼れは闇の中に突っ立ちながら焼くような昂奮のためによろめいた。 春の天気の順当であったのに反して、その年は六月の初めから寒気と淫雨とが北海道を襲って来た。旱魃に饑饉なしといい慣わしたのは水田の多い内地の事で、畑ばか・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・妻はその暇にようやく追いついて背の荷をゆすり上げながら溜息をついた。馬が溺りをすますと二人はまた黙って歩き出した。「ここらおやじが出るずら」 四里にわたるこの草原の上で、たった一度妻はこれだけの事をいった。慣れたものには時刻といい、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 三 こんな年していうことの、世帯じみたも暮向き、塩焼く煙も一列に、おなじ霞の藁屋同士と、女房は打微笑み、「どうも、三ちゃん、感心に所帯じみたことをおいいだねえ。」 奴は心づいて笑い出し、「ははは、所・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・旧の盆過ぎで、苧殻がまだ沢山あるのを、へし折って、まあ、戸を開放しのまま、敷居際、燃しつけて焼くんだもの、呆れました。(門火なんのと、呑気なもので、(酒だと燗だが、こいつは死人焼……がつがつ私が食べるうちに、若い女が、一人、炉端で、うむと胸・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 冷ややかな空気に触れ、つめたい井戸水に顔を洗って、省作もようやく生気づいた。いくらかからだがしっかりしてきはきたが、まだ痛いことは痛い。起きないうちはわからなかったが、起きて歩いて見ると股根が非常に痛む。とても直立しては歩けない。省作・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相談しながら歩く。道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡れて、いろいろの草が花を開い・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣さ」「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
出典:青空文庫