・・・わてはやっぱし大阪で三味線ひいている方がよろしいおますわ」 と言う婆さんを拝み倒して、村から村へ巡業を続け、やがて紀州の湯崎温泉へ行った。 温泉場のことゆえ病人も多く、はやりそうな気配が見えたので、一回二十銭の料金を三十銭に値上げし・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「やっぱし、飛行機だ。俺は今の会社をやめる」 と、突然照井がいいだした。そして、自分たちがニューギニアでまるで乾いた雑巾から血を絞りとるほどほしかった航空機を作りに大阪の工場へ行くんだといって、じゃ、仲間の共同生活や小隊長を見捨てて・・・ 織田作之助 「電報」
・・・「なんだってあの人はあゝ怒ったの?」「やっぱし僕達に引越せって訳さ。なあにね、明日あたり屹度母さんから金が来るからね、直ぐ引越すよ、あんな奴幾ら怒ったって平気さ」 膳の前に坐っている子供等相手に、斯うした話をしながら、彼はやはり・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「やっぱしこんなことだったのか。それにしてもまさかおやじとは思ってなかった。雪子のことばかし心配していたんだが、この間から気になっていた烏啼きや、ゆうべあんなつまらないことでFが泣きだしたのも――たぶんおやじはちょうどその時分死にかけて・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・「やっぱし死にに出てきたようなものだったね。ああなるといくらかそんなことがわかるものかもしれないな。それにしても東京へ出てきて死んでくれてよかった。田舎にいられたんだとなかなか面倒だからね。こう簡単には片づけられはしないよ。……そうそう・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・そして「やっぱし彼はえらい男だ!」と、思わずにはいられなかったのだ。 私は平生から用意してあるモルヒネの頓服を飲んで、朝も昼も何も喰べずに寝ていた。何という厭な、苦しい病気だろう! 晩になってようよう発作のおさまったところで、私は少しば・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・「やっぱしだめだった? 追いだして寄越した?」「いいんにゃそうじゃない。巡査が切符を買って乗せてやるって、だから誰かに言っちゃいけないって……今にここへ来て買ってやるから待っておれって」 小僧はこう言ったが、いかにもそわそわして・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・「そんなことないよ。やっぱし奥さんと言ってやってくれたまえな」と、彼は言った。 こうしたところにも、彼の優しい心づかいが見られて、私はこの年下の友だちを愛せずにいられなかった。しかし私には、美しくて若い彼の恋人を奥さんと呼ぶのは何と・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・「早や行ってきたのかい?」 腰の傷の疼痛で眠れない田川は、水を飲ましてもらいたいと思いながら声をかけた。「火酒は残っていねえか? チッ! 俺れもやられた!」「やっぱし、あしこのところからはいろうとしたのか?」「いや、ずっ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・「これが、人間だったら、見ちゃ居られんだろうな。」誰れかゞ思わず呟いた。「豚でも気持が悪い。」「石塚や、山口なんぞ、こんな風にして、×××ちまったんだ。」大西という上等兵が云った。「やっぱし、あれは本当だろうかしら?」「本当だよ。×・・・ 黒島伝治 「前哨」
出典:青空文庫