・・・もう一人の僧形は、見る影もなく病み耄けていたが、それでも凛々しい物ごしに、どこか武士らしい容子があった。二人は墓前に紅梅の枝を手向けた。それから新しい四基の石塔に順々に水を注いで行った。…… 後年黄檗慧林の会下に、当時の病み耄けた僧形と・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「その後富士司の御鷹は柳瀬清八の掛りとなりしに、一時病み鳥となりしことあり。ある日上様清八を召され、富士司の病はと被仰し時、すでに快癒の後なりしかば、すきと全治、ただいまでは人をも把り兼ねませぬと申し上げし所、清八の利口をや憎ませ給いけ・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・そして熱病病みのように光る目をして、あたりを見廻した。「やれやれ。恐ろしい事だった。」「早く電流を。」丸で調子の変った声で医者はこう云って、慌ただしく横の方へ飛び退いた。「そんなはずはないじゃないか。」「電流。電流。早く電流を。・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ そと貴船伯に打ち向かいて、沈みたる音調もて、「御前、姫様はようようお泣き止みあそばして、別室におとなしゅういらっしゃいます」 伯はものいわで頷けり。 看護婦はわが医学士の前に進みて、「それでは、あなた」「よろしい」・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ と声を懸けて、機嫌聞きに亭主が真先、百万遍さえ止みますれば、この親仁大元気で、やがてお鉄も参り、「お客様お早うございます。」 十九 小宮山は早速嗽手水を致して心持もさっぱりしましたが、右左から亭主、女共・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ さてその時お雪が話しましたのでは、何でもその孤家の不思議な女が、件の嫉妬で死んだ怨霊の胸を発いて抜取ったという肋骨を持って前申しまする通り、釘だの縄だのに、呪われて、動くこともなりませんで、病み衰えておりますお雪を、手ともいわず、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・夏期の降霜はまったく止みました。今や小麦なり、砂糖大根なり、北欧産の穀類または野菜にして、成熟せざるものなきにいたりました。ユトランドは大樅の林の繁茂のゆえをもって良き田園と化しました。木材を与えられし上に善き気候を与えられました、植ゆべき・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・九四歩突きなどという奇想天外の、前代未聞の、横紙破りの、個性の強い、乱暴な手を指すという天馬の如き溌剌とした、いやむしろ滅茶苦茶といってもよいくらいの坂田の態度を、その頃全く青春に背中を向けて心身共に病み疲れていた私は自分の未来に擬したく思・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・滴声しきりなれども雨はすでに止みたりとおぼし」同二十三日――「昨夜の風雨にて木葉ほとんど揺落せり。稲田もほとんど刈り取らる。冬枯の淋しき様となりぬ」同二十四日――「木葉いまだまったく落ちず。遠山を望めば、心も消え入らんばかり懐し」・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ほどなく大宮につきて、関根屋というに宿かれば、雨もまたようやく止みて、雲のたえだえに夕の山々黒々と眼近くあらわれたり。ここは秩父第一の町なれば、家数も少からず軒なみもあしからねど、夏ながら夜の賑わしからで、燈の光の多く見えず、物売る店々も門・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫