・・・これがある物に作用した時にこれが有限な加速度をもって運動すれば、その物はすなわち物質で質量を具えていると云う。その質量の大小は同じ力の働いた時の加速度に比例すると考えるのである。否むしろかくのごとき方則に従って力に反応する物を物質と名づける・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・この二つの場合に何ゆえに対称的な同心円形が現われないで有限数の放射線が現われるか。これは今のところ不思議だと言っておくよりほかにしかたがない。 金米糖を作るときに何ゆえにあのような角が出るか。角の数が何で定まるか、これも未知の問題である・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・宇宙間無限の物象の影響を受けている身辺の現象について如何にして有限な言葉をもって何事かを云い表わす事が出来るであろうか。いわんや無限無窮の空間と時とに通じて普遍的な方則などというものが如何にして可能であろうか。 これは必ずしもパラドック・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・換言すれば有限な数の言語で説明し尽さるべき性質の概念である。漫画家の言語たる線や点や色はこれに反して多次的な無限の「連続」を形成するものである。それで漫画家は言語では到底表わす事の出来ない観念の表現をするための利器を持っている。その利器の使・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・すべての有限な統計的材料に免れ難い偶然的の偏倚のために曲線は例のように不規則な脈動的な波を描いている。しかし不幸にして特に四十二歳の前後に跨がった著しい突起を見出すことは出来なかった。これだけから見ると少なくもその曲線の示す範囲内では、四十・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ 実際われわれの感覚する生理的の時間は無限に小さな点の連続ではなくて、有限な拡がりをもった要素の連続だという事、それから、その有限な少時間内では時の前後が区別出来ないという学説は本当らしい。 このようにして生じた時間の前後の転倒は、・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・普通のわれわれの音楽で使われる音程の数は有限な少数であるのに、実際これからあらゆる旋律、たとえば追分節も生まれればチゴイネルワイゼンも生まれる。ましてや連句の場合にこの音程に相当する付け味の数は言わば高次元の無限大である。これから見ても連句・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・しかも有限なる自己の内に無限なる神の観念の原因は求められない。また現在の自己の内に次の瞬間への自己の存続の原因は求められない。そこに創造的なるものが働かねばならない。かかる原因として我々は神の存在を認めねばならないという。しかし斯く考える時・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・積極的美とはその意匠の壮大、雄渾、勁健、艶麗、活溌、奇警なるものをいい、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいう。概して言えば東洋の美術文学は消極的美に傾き、西洋の美術文学は積極的美に傾く。もし時代をもって言えば国の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・モナ・リザの幽玄な表情は、レオナルド・ダ・ヴィンチの限りないひろさと深さをもった知性をとおして、あのように把握されているものだけれども、あの幽玄なうちに充実している官能のつよい圧力は、決して、レオナルドの知性の生んだものではないと思う。モナ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
出典:青空文庫