・・・軍めく二人の嫁や花あやめ また、安永中の続奥の細道には――故将堂女体、甲冑を帯したる姿、いと珍し、古き像にて、彩色の剥げて、下地なる胡粉の白く見えたるは、卯の花や縅し毛ゆらり女武者 としるせりとぞ。この両様と・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・私は波の動くがままに、右にゆらり左にゆらり無力に漂う、あの、「群集」の中の一人に過ぎないのではなかろうか。そうして私はいま、なんだか、おそろしい速度の列車に乗せられているようだ。この列車は、どこに行くのか、私は知らない。まだ、教えられていな・・・ 太宰治 「鴎」
・・・草はらのむこうには、赤濁りに濁った海が、低い曇天に押しつぶされ、白い波がしらも無しに、ゆらりゆらり、重いからだをゆすぶっていて、窓のした、草はらのうえに捨てられてある少し破れた白足袋は、雨に打たれ、女の青い縞のはんてんを羽織って立っている私・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・く感じながらも、ひとりでそっと床から脱け出しまして、てらてら黒光りのする欅普請の長い廊下をこわごわお厠のほうへ、足の裏だけは、いやに冷や冷やして居りましたけれど、なにさま眠くって、まるで深い霧のなかをゆらりゆらり泳いでいるような気持ち、その・・・ 太宰治 「葉」
・・・人形がゆらりゆらり御叩頭をしたり、挙げた両手をぶらぶらさせながら、緩やかに廻転しながら下りて行くのは、ちょっと滑稽な感じのするものである。それが向う河岸の役所の構内へ落ちそうになると、そこの崖で見ていた中年の紳士の一人は急いで駆け出して行っ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・あるいは屋敷の門口に立ててある瓦斯灯ではないかと思って見ていると、その火がゆらりゆらりと盆灯籠の秋風に揺られる具合に動いた。――瓦斯灯ではない。何だろうと見ていると今度はその火が雨と闇の中を波のように縫って上から下へ動いて来る。――これは提・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫