・・・、ひとりお膳に向って坐り、祖母、母、長兄、次兄、三兄、私という順序に並び、向う側は、帳場さん、嫂、姉たちが並んで、長兄と次兄は、夏、どんなに暑いときでも日本酒を固執し、二人とも、その傍に大型のタオルを用意させて置いて、だらだら流れる汗を、そ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 四肢萎えて、起きあがることさえ容易でなかった。渾身のちからで、起き直り、木の幹に結びつけた兵古帯をほどいて首からはずし、水たまりの中にあぐらをかいて、あたりをそっと見廻した。かず枝の姿は、無かった。 這いまわって、かず枝を捜した。・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・実はこれ程容易な事はない。自分がいなくても好いことは、自分が一番好く知っているのである。「宜しい。それじゃあ、明日邸へ来てくれ給え。何もかも話して聞せるから。」中尉はくるりと背中を向けて、同僚と一しょに店を出て行った。 門口に出ると・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・が世人に親しくないために、その国語に熟しない人には容易に食い付けない。それで彼の仕事を正当に理解し、彼のえらさを如実に估価するには、一通りの数学的素養のある人でもちょっと骨が折れる。 到底分らないような複雑な事は世人に分りやすく、比較的・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・全くこうした映画に全然興味をもとうという用意のない正直な観客には退屈至極な映画であろうと思われた。 しかし、私にはこのアステーア、ロジャースの踊りのデュエットは見ていてやっぱりおもしろい。自分は踊りの事は何も知らないし、ましてやこんな西・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・いくら心配しても、それだけの時間は、飛躍を許さないので、道太は朝まではどうかして工合よく眠ろうと思って、寝る用意にかかったが、まだ宵の口なので、ボーイは容易に仕度をしてくれそうになかった。 道太は少しずつ落ち著いてくると同時に、気持がく・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・いくら心配しても、それだけの時間は、飛躍を許さないので、道太は朝まではどうかして工合よく眠ろうと思って、寝る用意にかかったが、まだ宵の口なので、ボーイは容易に仕度をしてくれそうになかった。 道太は少しずつ落ち著いてくると同時に、気持がく・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・お念仏を称えるもの、お札を頂くものさえあったが、母上は出入のもの一同に、振舞酒の用意をするようにと、こまこま云付けて居られた。 私は時々縁側に出て見たが、崖下には人一人も居ないように寂として居て、それかと思う烟も見えず、近くの植込の間か・・・ 永井荷風 「狐」
・・・頭を綺麗に剃り小紋の羽織に小紋の小袖の裾を端折り、紺地羽二重の股引、白足袋に雪駄をはき、襟の合せ目をゆるやかに、ふくらました懐から大きな紙入の端を見せた着物の着こなし、現代にはもう何処へ行っても容易には見られない風采である。歌舞伎芝居の楽屋・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・其家の財産は太十の縁談を容易に成就させたのであった。二 太十が四十二の秋である。彼は遠い村の姻戚へ「マチ呼バレ」といって招かれて行った。二日目の日が暮れてから帰って来た。隣村の茶店まで来た時そこには大勢が立ち塞って居るのを見・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫