・・・静かそうに思って移ったのですが、後に工場みたいなものがあって、騒々しいので、もう少し静かなところにしたいと思って先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の注文にはか・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ために、スペインの民主戦線に有名なパッショナリーアと呼ばれた婦人がいたことも知らなければ、大戦中フランスの大学を卒業した知識階級の婦人たちの団体が、どんなにフランスの自由と解放のためにナチス政権の下で勇敢な地下運動を国際的に展開したかという・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・やや暫くして、骨はとれずぷりぷりして帰って来た。洋館まがいの部屋などあるが、よぼよぼのまやかし医者で、道具も何もなく、舌を押えて覗いては考え、ピンセットを出しては思案し、揚句、この辺ですか、とかき廻されたのでやめにして来た由。「一円とられた・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ 深い鉢に粟羊羹があった。濃い紅釉薬の支那風の鉢とこっくり黄色い粟の色のとり合わせが美しく、明るい卓の上に輝やいた。女将は仲間でお茶人さんと云われ、一草亭の許へ出入りしたりしていた。小間の床に青楓の横物をちょっと懸ける、そういう趣味が茶・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 明治二十五六年頃住んでいた築地の家の洋館に、立派な洋画や螺鈿の大きな飾棚があった。若い自分が従妹と、そこに祖母が隠して置いた氷砂糖を皆食べて叱られた。その洋画や飾棚が、向島へ引移る時、永井と云う悪執事にちょろまかされたが、その永井も数・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・小さい木造洋館の石段から入った直ぐのところに在る応接室で待っていると、程なく二階から狭い階子を降りて一人の男の人が出て来た。体じゅうの線が丸く、頬っぺたがまるで赧い。着流しであった。紺足袋に草履ばきで近づき、少し改った表情で挨拶された。・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
門柱の左には麻田駒之助と標札が出ていて、門内右手の粗末な木造洋館がその時分中央公論社の編輯局になっていた。受付で待っていると、びっくりするばかりの赭ら顔に髪の毛をもしゃとし、眼付が足柄山の金時のような感じを与える男の人が、・・・ 宮本百合子 「その頃」
・・・ にかび顔をして土産に持って来た柿羊羹のヘトヘトになった水引をだまってひっぱって居た。 自分の云いたい事をあきるまで云って仕舞うと父親は娘に云いたい事があると云って女中部屋に行ってしまった。 千世子は元の場所から動こうともし・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・道のつき当りから山手にかかって、遙か高みの新緑の間に、さっぱりした宏壮な洋館が望まれる。ジャパン・ホテルと云うのはあれだろう。海の展望もありなかなかよさそうなところと、只管支那街らしい左右の情景に注意を奪われて居ると、思いがけない緑色の建物・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・人通りの稀な街路の、右手は波止場の海水がたぷたぷよせている低い石垣、左側には、鉄柵と植込み越しに永年風雨に曝された洋館の閉された窓々が、まばらに光る雨脚の間から、動かぬ汽船の錆びた色を見つめている。左右に其等の静かな、物懶いような景物を眺め・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫