・・・すべてが、彼の道徳上の要求と、ほとんど完全に一致するような形式で成就した。彼は、事業を完成した満足を味ったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に味う事が出来たのである。しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考えても、良心・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・背のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結った女主人公ですか? 主筆 耳隠しでしょう。 保吉 じゃ耳隠しにしましょう。いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目の冴え冴えしたちょっと唇に癖のあ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・だから今度地主が来たら一同で是非とも小作料の値下を要求するのだ。笠井はその総代になっているのだが一人では心細いから仁右衛門も出て力になってくれというのであった。「白痴なことこくなてえば。二両二貫が何高値いべ。汝たちが骨節は稼ぐようには造・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
私には口はばったい云い分かも知れませんが聖書と云う外はありません。聖書が私を最も感動せしめたのは矢張り私の青年時代であったと思います。人には性の要求と生の疑問とに、圧倒される荷を負わされる青年と云う時期があります。私の心の・・・ 有島武郎 「『聖書』の権威」
・・・我々は、そういう人も何時かはその二重の生活を統一し、徹底しようとする要求に出会うものと信じて、何処までも将来の日本人の生活についての信念を力強く把持して行くべきであると思う。 石川啄木 「性急な思想」
・・・それは、我々の要求する詩は、現在の日本に生活し、現在の日本語を用い、現在の日本を了解しているところの日本人によって歌われた詩でなければならぬということである。 そうして私は、私自身現在の諸詩人の詩に満足するか否かをいう代りに、次の事をい・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ さて、笛吹――は、これも町で買った楊弓仕立の竹に、雀が針がねを伝って、嘴の鈴を、チン、カラカラカラカラカラ、チン、カラカラと飛ぶ玩弄品を、膝について、鼻の下の伸びた顔でいる。……いや、愚に返った事は――もし踊があれなりに続いて、下り坂・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・未だ嘗って要領を得た提案がない、彼等一般が腐敗しつつあるは事実である、併しそれらを救済せんとならば、彼等がどうして相率て堕落に赴くかということを考えねばならぬ、人間は如何な程度のものと雖も、娯楽を要求するのである、乳房にすがる赤児から死・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・口で求めず手で引き立てる奈々子の要求に少しもさからうことはできない。父は引かるるままに三児のあとから表にある水鉢の金魚を見にいった。五、六匹死んだ金魚は外に取り捨てられ、残った金魚はなまこの水鉢の中にくるくる輪をかいてまわっていた。水は青黒・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒みし結果、ついに開戦の不幸を見、デンマーク人は善く戦いましたが、しかし弱はもって強に勝つ能はず、デッペルの一戦に北軍敗れてふたたび起つ能わざるにいたりました。デンマ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
出典:青空文庫