・・・ 斯ういう不謹慎ないいようは余計に太十を惑わした。「そうよな」 と太十は首をかしげた。「どうせ駄目だから殺しっちまあべ」 威勢よくいった。そうかと思うと暫らく沈黙に耽って居る。「殺した方あよかんべな」 投げ出した・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・けれどもまず諸君よりもそんな方面に余計頭を使う余裕のある境遇におりますから、こういう機会を利用して自分の思ったところだけをあなた方に聞いていただこうというのが主眼なのです。どうせあなた方も私も日本人で、現代に生れたもので、過去の人間でも未来・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・しかしこんな事はただ英国へ来てから余慶に感ずるようになったまででちっとも英国と関係のない話しだし、君らに聞せる必要もなし、聞きたい事でもなかろうから先ぬきとして何か話そう。何がいいか、話そうとすると出ないものでね、困るな。仕方がないから今日・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・又妾に子あらば妻に子なくとも去るに及ばずとは、元来余計な文句にして、何の為めに記したるや解す可らず。依て窃に案ずるに、本文の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・併し意味は既に云い尽してあるし、もとより意味の違ったことを書く訳には行かぬから仕方なしに重複した余計のことを云う。 これは語の上にもあることで、日本語の「やたらむしょう」などはその一例である、或は「強く厳しく彼を責めた」とか、或は、「優・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・ 余計な謙遜はしたくない。骨を折って自家の占め得た現代文壇における地位だけは、婉曲にほのめかして置きたい。ただしほのめかすだけである。傲慢に見えてはならない。 ピエエル・オオビュルナンは満足らしい気色で筆を擱いた。ぎごちなくなった指・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・その内でも酸味の多いものは最も厭きにくくて余計にくうが、これは熱のある故でもあろう。夏蜜柑などはあまり酸味が多いので普通の人は食わぬけれど、熱のある時には非常に旨く感じる。これに反して林檎のような酸味の少い汁の少いものは、始め食う時は非常に・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 諸君、酒を呑まないことで酒を呑むものより一割余計の力を得る。たばこをのまないことから二割余計の力を得る。まっすぐに進む方向をきめて、頭のなかのあらゆる力を整理することから、乱雑なものにくらべて二割以上の力を得る。そうだあの人たちが女の・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 七月からこっち、体の工合が良くない続きなので、余計寒がりに、「かんしゃく持」になった。 茶っぽく青い樫の梢から見える、高あく澄んだ青空をながめると、変なほど雲がない。 夏中見あきるほど見せつけられた彼の白雲は、まあどこへ行った・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・そこで春を呼んで、米が少し余計にいるようだがどう思うと問うて見た。 春はくりくりした目で主人を見て笑っている。彼は米の多くいるのは当前だと思うのである。彼は多くいるわけを知っているのである。しかしそのわけを言って好いかどうかと思って、暫・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫