・・・鼠はあんまりあわてて、おそらく鼻面を向けていた方へいきなり飛んだらそこには私の顔があり、こんどは鼠より私がびっくりしてしまった。鼠は夜目が見えるだろうのに! ○ああそれから、天気の曇った日には、私がよろこんで仕事をしている恰好を御想像下・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 国立百貨店の建物に張りまわされたプラカートの字が夜目にもハッキリ見える。 懐しい日本語で、万国の労働者結合せよと書いた幟も飾ってある。 レーニン廟の赤いイルミネーションは、メーデーの夜、一時過ぎてもまだ絶えない・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・若い女の服装が夜目に際立って派手であった。薄紫に白で流行の雲形ぼかし模様に染た縮緬の単衣をぞろりと着、紅がちの更紗の帯を大きく背中一杯に結んでいる。長い袂から桃色縮緬の袖が見えた。まわりを房々だした束髪で、真紅な表のフェルト草履を踏んで行く・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・彼方には夜目に白く堂々と巨大な丸天井をもった建物が浮び上っている。「労働宮」へ遊びや勉強にゆく労働者たちだ。 白い石の正面大階段を登ると、どっしりした鉄の扉の片翼が開いている。入ったところはやはり白い滑らかな石をしきつめた大広間だ。天井・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・西向きの一室、その前は植込みで、いろいろな木がきまりなく、勝手に茂ッているが、その一室はここの家族が常にいる室だろう、今もそこには二人の婦人が…… けれどまず第一に人の眼に注まるのは夜目にも鮮明に若やいで見える一人で、言わずと知れた妙齢・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫