・・・が、もしそうだとすれば、なぜまたあの理想家の三浦ともあるものが、離婚を断行しないのでしょう。姦通の疑惑は抱いていても、その証拠がないからでしょうか。それともあるいは証拠があっても、なお離婚を躊躇するほど、勝美夫人を愛しているからでしょうか。・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・……今後もし夫人を離婚せられずんば、……貴下は万人の嗤笑する所となるも……微衷不悪御推察……敬白。貴下の忠実なる友より。」 手紙は力なく陳の手から落ちた。 ……陳は卓子に倚りかかりながら、レエスの窓掛けを洩れる夕明りに、女持ちの金時・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・私の先輩の一人は、私に手紙をよこして、妻の不品行を諷すると同時に、それとなく離婚を勧めてくれました。それからまた、私の教えている学生は、私の講義を真面目に聴かなくなったばかりでなく、私の教室の黒板に、私と妻とのカリカテュアを描いて、その下に・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・僕は母の前に座るや、『貴女は私を離婚すると里子に言ったそうですが、其理由を聞きましょう。離婚するなら仕ても私は平気です。或は寧ろ私の望む処で御座います。けれども理由を被仰い、是非其の理由を聞きましょう。』と酔に任せて詰寄りました。すると・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・川続きであるから多く利根の方から隅田川へ入り込んで来る、意外に遠い北や東の国のものである。春から秋へかけては総ての漁猟の季節であるから、猶更左様いう東京からは東北の地方のものが来て働いて居る。 又其の上に海の方――羽田あたりからも隅田川・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・国府台に行って、利根を渡って、東郊をそぞろあるきするのも好い。 端午の節句――要垣の赤い新芽の出た細い巷路を行くと、ハタハタと五月鯉の風に動く音がする。これを聞くと、始めて初夏という感を深く感ずる。雨の降頻る中に、さまさまの色をした緑を・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・その時分の研学の仲間に南ロシアから来ている女学生があって、その後一九〇三年にこの人と結婚したが数年後に離婚した。ずっと後に従妹のエルゼ・アインシュタインを迎えて幸福な家庭を作っているという事である。 一九〇一年、スイス滞在五年の後にチュ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・取り乱した羽毛をくちばしでかいつくろって、心ばかりの身じまいをしただけで、もう何事もなかったように、これも瞬間の驚きから回復したらしい十羽のひなを引率してしずしずと池の反対の側へ泳いで行くのであった。離婚問題も慰藉料問題も鳥の世界には起こり・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 扨女大学の離縁法は右に記したる七去にして、民法親族編第八百十二条に、夫婦の一方は左の場合に限り離婚の訴を提起することを得と記して、一 配偶者カ重婚ヲ為シタルトキ二 妻カ姦通ヲ為シタルトキ三 夫カ姦淫罪ニ因リテ刑ニ処セラレタ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・上流良家の主人と称する者にても、公然この醜行を犯して愧ずるを知らず、即ち人生居家の大倫を紊りたるものにして、随って生ずる所の悪事は枚挙に遑あらず、その余波引いて婚姻の不取締となり、容易に結婚して容易に離婚するの原因となり、親子の不和となり、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫