・・・あの冬になってもやはり綺麗に見える庭の後に、懐かしげな立派な家が立ち並んでいる町を歩いていたときの事である。あのあたりの家はみな暖かい巣のような家であって、明るい人懐かしげな窓の奥からは折々面白げに外を見ている女の首が覗いたり、または清い苦・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・上から下まできれいな彫り飾りがついたりしていて、ウイリイたちのぼろぼろの家と比べると、小さいながら、まるで御殿のように立派な家でした。 ところが、その家には窓が一つもなくて、ただ屋根の下の、高いところに戸口がたった一つついているきりです・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
此スバーと云う物語は、インドの有名な哲学者で文学者の、タゴールが作ったものです。インド人ですが英国で勉強をし立派な沢山の本を書いています。六七年前、日本にも来た事がありました。此人の文章は実に美しく、云い表わしたい十の・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・その、あいつというのは、博士と高等学校、大学、ともにともに、机を並べて勉強して来た男なのですが、何かにつけて要領よく、いまは文部省の、立派な地位にいて、ときどき博士も、その、あいつと、同窓会などで顔を合せることがございまして、そのたびごとに・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・しかし世間並から言えば、かなりの男振りで、立派に通用するのである。 ポルジイは暇を遣るとき握手して遣ることは出来なかった。それは自分の手が両方共塞がっていたからである。右には紙巻烟草を持っていた。左には鞭を持っていた。鞭を持っていたのは・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・いずれも立派なものであるが、その中の一つが相対論の元祖と称せられる「運動せる物体の電気力学」であった。ドイツの大家プランクはこの論文を見て驚いてこの無名の青年に手紙を寄せ、その非凡な着想の成効を祝福した。 ベルンの大学は彼を招かんとして・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・桂三郎と妻の雪江との間には、次ぎ次ぎに二人の立派な男の子さえ産まれていた。そして兄たち夫婦の撫育のもとに、五つと三つになっていた。兄たち夫婦は、その孫たちの愛と、若夫婦のために、くっくと働いているようなものであった。 もちろん老夫婦と若・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・企は失敗して、彼らは擒えられ、さばかれ、十二名は政略のために死一等を減ぜられ、重立たる余の十二名は天の恩寵によって立派に絞台の露と消えた。十二名――諸君、今一人、土佐で亡くなった多分自殺した幸徳の母君あるを忘れてはならぬ。 かくのごとく・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 十六七の断髪娘は、立派な洋服を、惜し気なく、泥まみれにしながら、泣き喚いた。「誰か来てよう――、この百姓をつかまえてちょうだいよう――」 善ニョムさんも、ブルブルにふるえているほど怒っていた。いきなり、娘の服の襟を掴むとズルズ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・然し、私には、如何にも強そうなその体格と、肩を怒らして大声に話す漢語交りの物云いとで、立派な大人のように思われた。「先生、何の御用で御座います。」「怪しからん、庭に狐が居る、乃公が弓を引いた響に、崖の熊笹の中から驚いて飛出した。あの・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫