・・・ できるだけ余念なさそうな口調で言って、前方の西郷隆盛の銅像をぼんやり眺めた。馬場は助かったようであった。いつもの不機嫌そうな表情を、円滑に、取り戻すことができたのである。「ところが、――僕には小説が書けないのだ。君は怪談を好むたち・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・まち医者は三十二歳の、大きくふとり、西郷隆盛に似ていた。たいへん酔っていた。私と同じくらいにふらふら酔って診察室に現われたので、私は、おかしかった。治療を受けながら、私がくすくす笑ってしまった。するとお医者もくすくす笑い出し、とうとうたまり・・・ 太宰治 「満願」
・・・「ドイツ鈴蘭。」「イチハツ。」「クライミングローズフワバー。」「君子蘭。」「ホワイトアマリリス。」「西洋錦風。」「流星蘭。」「長太郎百合。」「ヒヤシンスグランドメーメー。」「リュウモンシス。」「鹿の子百合。」「長生蘭。」「ミスアンラアス。」・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・関君と柴田流星君が毎日のように催促に来る。社のほうだってそう毎日休むわけには行かない。夜は遅くまで灯の影が庭の樹立の間にかがやいた。 反響はかなりにあった。新時代の作物としてはもの足らないという評、自分でも予期していた評がかなり多かった・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・その上をかすめて時々何かしら小さな羽虫が銀色の光を放って流星のように飛んで行く。 それよりも美しいのは、夏の夜がふけて家内も寝静まったころ、読み疲れた書物をたたんで縁側へ出ると、机の上につるした電燈の光は明け放された雨戸のすきまを越えて・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・この前の乙亥は明治八年であるが、もしどこかに、乙亥の年に西郷隆盛が何かしたという史実の記録があれば、それは確実に明治八年の出来事であって、昭和十年でもなくまた文化十二年でもないことが明白である。 明治八年とだけでは場合によってはずいぶん・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 空を眺めているうちに時々流星が飛んだ。私は流星の話をすると同時に、熱心な流星観測者が夜中空を見張っている話をして、それからいわゆる新星の発見に関する話もして聞かせた。主だった星座を暗記していれば素人でも新星を発見し得る機会はあるという・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・ 夜は中庭の籐椅子に寝て星と雲の往来を眺めていると時々流星が飛ぶ。雲が急いだり、立止まったり、消えるかと思うとまた現われる。大きな蛾がいくつとなくとんで来て垣根の烏瓜の花をせせる。やはり夜の神秘な感じは夏の夜に尽きるようである。・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・ 現代に隆盛を極めている各方面の通俗的な雑誌はこういう安価で軽便な皮相的な知識を汽車弁当のおかずのごとく詰め込んであるが、ただ自分のちょうど欲しいと思うものを自分の欲しい時に手にいれようとするには不便である。それには百貨店に私のこの提案・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・こうした活気はすべてのものの勃興時代にのみ見らるるものであって、一度隆盛期を通り越すと消えてしまう。これはどうにも仕様のないものである。 たしか浅井和田両画伯の合作であったかと思うがフランスのグレーの田舎へ絵をかきに行った日記のようなも・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
出典:青空文庫