・・・実に優にやさしき者が純熱一すじによって、火焔の如く、瀑布の如く猛烈たり得る活ける例証をわれわれは日蓮において見得るのである。このことは今の私にとっていかばかり感謝と希望であることぞ。 日蓮は実に身延の隠棲の間に、心しみじみとした名文を書・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・その最も適切の例証は、最近に結成せられた「産業技術連盟」の声明書である。それは純粋に専門的な技術家のみの結社であるが、技術は社会的・政治的問題と関連することなしには、その技術の任務と成果とをとげることができないと宣言しているのである。 ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・女郎の写真を彼が大事がっているのを冷笑しているのだが、上等兵も街へ遊びに出て、実物の女の顔を知っていることを思うと、彼はいゝ気がしなかった。女を好きになるということは、悪いことでも、恥ずべきことでもない。兵卒で、取調べを受ける場合に立つと、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と云って冷笑すると、女は激して、「イエ、ほんとに身を捨てましても」とムキになって云ったが、主人は「いや、それよりも」と、女を手招きして耳に口を寄せて、何かささやいた。女は其意を得て屏風を遶り、奥の方へ去り、主人は立っても・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・もしわたくしの手もとに、東西の歴史と人名辞書とをあらしめたならば、わたくしは、古来の刑台が恥辱・罪悪にともなったいくたの事実とともにさらに刑台が光栄・名誉にともなった無数の例証をもあげうるであろう。 スペインに宗教裁判がもうけられていた・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・是れ唯だ目下の私が心に浮み出る儘に其二三を挙げたのである、若し私の手許に東西の歴史と人名辞書とを有らしめたならば、私は古来の刑台が恥辱・罪悪に伴える巨多の事実と共に、更に刑台が光栄・名誉に伴える無数の例証をも挙げ得るであろう。 西班牙に・・・ 幸徳秋水 「死生」
近時世界の耳目を聳動せる仏国ドレフューの大疑獄は軍政が社会人心を腐敗せしむる較著なる例証也。 見よ其裁判の曖昧なる其処分の乱暴なる、其間に起れる流説の奇怪にして醜悪なる、世人をして殆ど仏国の陸軍部内は唯だ悪人と痴漢とを・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙する勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄は、ただ一語、「諦め」という・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・かず枝に、わがままの美徳を教えたのは、とうの嘉七であった、忍従のすまし顔の不純を例証して威張って教えた。 みんなおれにはねかえって来る。 すし屋で少しお酒を呑んだ。嘉七は牡蠣のフライをたのんだ。これが東京での最後のたべものになるのだ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・これは、なんとしても黄村先生に教えてあげなければならぬ、とあの談話筆記をしている時には、あんなに先生のお話の内容を冷笑し、主題の山椒魚なる動物にもてんで無関心、声をふるわせて語る先生のお顔を薄気味わるがったりなど失礼な感情をさえ抱いていた癖・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫