・・・死に物狂いの大晦日の露店の引き上げた跡の街路には、紙くずやら藁くずやら、あらゆるくずという限りのくず物がやけくそに一面に散らばって、それがおりからのからび切った木枯らしにほこり臭い渦を巻いては、ところどころの風陰に寄りかたまって、ふるえおの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 真菰の精霊棚、蓮花の形をした燈籠、蓮の葉やほおずきなどはもちろん、珍しくも蒲の穂や、紅の花殻などを売る露店が、この昭和八年の銀座のいつもの正常の露店の間に交じって言葉どおりに異彩を放っていた。手甲、脚絆、たすきがけで、頭に白い手ぬぐい・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・それはとにかく、その勧工場のもう一つ前の前身としては浅草の仲見世や奥山のようなものがあり、両国の橋のたもとがあり、そうして所々の縁日の露店があったのだという気がする。田舎では鎮守の祭りや市日の売店があった。西洋でもおそらく同様であったろうと・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・こう考えて来ると自分などは街頭に露店をはって買手のかかるのを待っている露店商人とどこかしらかなり似たところがあるようにも思われてくるのである。 同じようなことを繰返すのでも、中途半端の繰返しは鼻についてくるが、そこを通り越して徹底的に繰・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
木枯らしの夜おそく神保町を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版が目についた。青衣の西洋少女が合掌して上目に聖母像を見守る半身像である。これを見ると同時にある古いなつかしい記憶が一時に火をつ・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・ 降誕祭前一週間ほど、市役所前の広場に歳の市が立って、安物のおもちゃや駄菓子などの露店が並びましたが、いつ行って見ても不景気でお客さんはあまり無いようでした。売り手のじいさんやばあさんも長い煙管を吹かしたり編み物をしているのでありました・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ ここにおいて、或る人は、帝国ホテルの西洋料理よりもむしろ露店の立ち喰いにトンカツのをかぎたいといった。露店で食う豚の肉の油揚げは、既に西洋趣味を脱却して、しかも従来の天麩羅と抵触する事なく、更に別種の新しきものになり得ているからだ。カ・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・参詣の人が二人三人と絶えず上り降りする石段の下には易者の机や、筑波根売りの露店が二、三軒出ていた。そのそばに児守や子供や人が大勢立止っているので、何かと近いて見ると、坊主頭の老人が木魚を叩いて阿呆陀羅経をやっているのであった。阿呆陀羅経のと・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・今夜はずいぶん久しぶりで、愉快な露天に寝るんだな。うまいぞうまいぞ。ところで草へ寝ようかな。かれ草でそれはたしかにいいけれども、寝ているうちに、野火にやかれちゃ一言もない。よしよし、この石へ寝よう。まるでね台だ。ふんふん、実に柔らかだ。いい・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・軒をならべた露店に面して、よくみがかれた大きいショーウィンドをきらめかせているデパートはすべてが外国風な装飾で、外国人専用のデパートの入口には外国の若い兵士が番をしている。その入口を出て来る人の姿を見ていると、あながち外国人ばかりでもなくて・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
出典:青空文庫