・・・ お別れにお互に涙を飜したことは、まだ覚えていらっしゃって。お互に口に出さないつらさを感じましたわね。 それだのにあなた、パリイにいらっしゃってから、すぐにわたくしの事をお忘れなさいましたのね。お手紙はたった四度しか参りませんでした・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・とかくする内に「海楼に別れを惜む月夜かな」と出来た。これにしようと、きめても見た。しかし落ちつかぬ。平凡といえば平凡だ。海楼が利かぬと思えば利かぬ。家の内だから月夜に利かぬ者とすれば家の外へ持って行けば善い。「桟橋に別れを惜む月夜かな」と直・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・河原で分れて二時頃うちへ帰った。そして晩まで垣根を結って手伝った。あしたはやすみだ。四月三日 今日はいい付けられて一日古い桑の根掘りをしたので大へんつかれた。四月四日、上田君と高橋君は今日も学校へ来なかった。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ さてその人と私らは別れましたけれども、今度はもう要心して、あの十間ばかりの湾の中でしか泳ぎませんでした。 その時、海岸のいちばん北のはじまで溯って行った一人が、まっすぐに私たちの方へ走って戻って来ました。「先生、岩に何かの足痕・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・工場の大衆から選挙された工場委員会があって、その委員会がいくつかの専門部に分れている。例えば技術詮衡部衛生部その他重要な生産計画部、文化部などがあって、どんな大工場の管理者でもこの工場委員会の決定に従って行動しなければならないようになってい・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・然し彼女の成熟した女性は愛を欲し、大きな情熱によってその婚約した青年とは永劫に別れつつ、彼の児の母となった。社会の常識と闘い、アンネットはそれを機会に新たな生涯に入った。彼女は、彼女の父親の代から属していた有産階級と絶縁し、家庭教師その他知・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ 小川に分かれて、木村は自分の部屋の前へ行って、帽子掛に帽子を掛けて、傘を立てて置いた。まだ帽子は二つ三つしか掛かっていなかった。 戸は開け放して、竹簾が垂れてある。お為着せの白服を着た給仕の側を通って、自分の机の処へ行く。先きへ出・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・一度妻を持って、不幸にして別れたが、平生何かの機会で衝突する度に、「あなたはわたしを茶かしてばかしいらっしゃる」と云うのが、その細君の非難の主なるものであった。 木村の心持には真剣も木刀もないのであるが、あらゆる為事に対する「遊び」の心・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 今娘が戸の握りを握って、永遠に別れて帰ろうとするツァウォツキイの鼻のさきで、戸を締め切ろうとした瞬間に、ツァウォツキイは右の拳を振り上げて、娘の白い、小さい手を打った。 娘はツァウォツキイの顔をじっと見た。そして再び戸の握りを握っ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・といっておいて、また急がしそうに、別れた愛人へ出す手紙を書き続けた。 女の子は灸の傍へ戻ると彼の頭を一つ叩いた。 灸は「ア痛ッ。」といった。 女の子は笑いながらまた叩いた。「ア痛ッ、ア痛ッ。」 そう灸は叩かれる度ごとにい・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫