・・・手近にあったアルコールの数滴を机の上に垂らしてその上に玉虫の口をおっつけると、虫は活溌にその嘴を動かしてアルコールを飲み込んだ。それがわれわれの眼にはさもさもうまそうに飲んでいるように見えた。虫の表情というものがあり得るかどうか知らないが、・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・私は非常に驚いてこの子供の知識の出所を聞きただしてみると、それがお茶の水で開かれたある展覧会で見たアルコールづけの標本から得たものである事がわかった。 子供らはこの卵の三つか四つを日当たりのいい縁側の下の土に埋めておいた。数日たった後に・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・日当りの悪い部屋だと塵の目立たぬ代りに菌数は多いであろう。アルコールで消毒はされるかもしれないがあまり気持の好いものではない。 屠蘇と一緒に出される吸物も案外に厄介なものである。歯の悪いのに蛤の吸物などは一番当惑する。吉例だとあって朝鮮・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・よく理科の書物なぞにある、ビーカーの底をアルコール・ランプで熱したときの水の流れと同じようなものになるわけです。これは湯の中に浮かんでいる、小さな糸くずなどの動くのを見ていても、いくらかわかるはずです。 しかし茶わんの湯をふたもしないで・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
・・・あの場合になぜ金属棒は松やにを着けた皮でしごき、ガラス棒だとアルコールを着けた綿布でこするか、この幼稚な疑問に対してふに落ちる説明をしてくれる教師はまれであろう。それにもかかわらず物理学をデモンストレートする先生がたはなかなかこの目前の好個・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・そのあの野郎として重吉をながめると、宿をかえていつまでも知らせなかったり、さんざん人を待たせて、気の毒そうな顔もしなかったり、やっとはいってきたかと思うと、一面アルコールにいろどられていたり、すべて不都合だらけである。が、平生どの角度に見て・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ 彼女は、資本主義のアルコールで元気をつけて歩き出した。 こんな風だったから、瀬戸内海などを航行する時、後ろから追い抜こうとする旅客船や、前方から来る汽船や、帆船など、第三金時丸を見ると、厄病神にでも出会ったように、慄え上ってしまっ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱や信号標もついていて信号標のあかりは汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ ブドリは持って来たアルコールランプに火を入れて、茶をわかしはじめました。空にはだんだん雲が出て、それに日ももう落ちたのか、海はさびしい灰いろに変わり、たくさんの白い波がしらは、いっせいに火山のすそに寄せて来ました。 ふとブドリはす・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ところが私は子供のとき母が乳がなくて濁り酒で育ててもらったためにひどいアルコール中毒なのであります。お酒を呑まないと物を忘れるので丁度みなさまの反対であります。そのためについビールも一本失礼いたしました。そしてそのお蔭でやっとおもいだしまし・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
出典:青空文庫