・・・樺の木箱、蝋石細工、指環、頸飾、インク・スタンド。 成程これは余分なルーブルをポケットに入れている人間にとっては油断ならぬ空間的、時間的環境だ。少くともここに押しよせた連中は二十分の停車時間の間に、たった一人ののぼせた売子から箱かインク・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・古い桜樹と幾年か手を入れられたことなく茂りに繁った下生えの灌木、雑草が、かたばかりの枸橘の生垣から見渡せた懐しいコローの絵のような松平家の廃園は、丸善のインク工場の壜置場に、裏手の一区画を貸与したことから、一九二三年九月一日の関東大震災後、・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・それは物を書くひとは、ペンとインクと原稿紙があれば事が足りると、一応いえるであろう。もしそのペン、インクがなければ鉛筆一本で足りさせることが出来る。原稿紙がなければ普通のノートで間に合わせられる。ひどい時には一枚ずつ質も色も形もちがう紙の上・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・カールは赤いインクで刷られた『新ライン新聞』の最終版にケルンの労働者への訣別の辞をのせ、イエニーはもちものを質屋に入れ、夫妻はケルンを発った。 まずカールが、次いでイエニーと二人の子供とがパリに赴いたが、フランス政府はマルクス一家を気候・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 十三日の誕生日にはスエ子からインクスタンドと父から柱時計を貰いました。インクスタンドは黒い円い台の上にガラスの六角のがのっていて、黒いフタのついたもので、しっかりとした感じです。柱時計は皆の意見によると私に似ているんですって。つまりず・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・一番気に入っていたのに赤インクでとノートがあり、そこには私の部屋のほかにもう一つの部屋があって、スペーア・ルーム or・mと書いてあります。私は自分があすこにいた時又父がなくなったとき、そういう家が実際に建ったりしないで何とよかったろうかと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ この間に、買って来たインクももう少しになったから今年のうちに買って置いて来年から、新らしいのをつかいたい気もするし、そのほか、細ま細ましたものも、なろう事なら神田あたりに行って買って来たい。 そのほか、どうでも、行かなければならな・・・ 宮本百合子 「午後」
・・・そういう絵がペンとインクで描いてありました。 子供たち私共は、その絵ハガキが大好きで父がかえって後も度々出しては見たものですが、母は、ほんとにいやだ、とか、あぶないのに、とか云ってそうよろこびませんでした。今になって考えれば、三人の子供・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・そのからたち垣は、ほんとうに長くて、それについて又左へうねって行くと、大給という華族の黒い大きい門があり、自然に折れて丸善のインク工場の前を通った。そこも右手はまだ松平の空地つづきで、せまい道幅いっぱいによく荷馬車がとまっていた。私たち子供・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・裏の航路図に、インクであらましの船位がしるしてある。 書簡註。一九二九年の一家総出のヨーロッパ旅行は、父の経済力にとって、又母の体力にとって、超常識な決断であった。父は、母を海外へつれてゆくについて、万一の場合、子供ら・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
出典:青空文庫