・・・一八六四年にドイツ、オーストリアの二強国の圧迫するところとなり、その要求を拒みし結果、ついに開戦の不幸を見、デンマーク人は善く戦いましたが、しかし弱はもって強に勝つ能はず、デッペルの一戦に北軍敗れてふたたび起つ能わざるにいたりました。デンマ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・巻末の解説を読むと、これは、ドイツ、オーストリア、ハンガリーの巻であることがわかります。いちども名前を聞いたことの無いような原作者が、ずいぶん多いですね。けれども、そんなことに頓着せず、めくらめっぽう読んで行っても、みんなそれぞれ面白いので・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ オーストリア人で、日本へ遊びに行った帰りだという童顔白髪の男と話す。富士屋ホテルの案内記のような小冊子をカバンから出して見せたりした。隣席のドイツ人も話しかけて、これから通過する鉄路のループの説明をしてくれたりした。山の腹の中でトンネ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・七月二十八日に、オーストリアの皇太子がサラエヴォで暗殺された。世界市場の争奪のため、危機にあった欧州の空気はその硝煙の匂いと一緒に、急速に動揺しはじめた。キュリー夫人は土用真盛りの、がらんとしたアパートの部屋でブルターニュの娘たちへ手紙を書・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ これは、元オーストリア軍隊内の野蛮な腐敗とを諷刺的に描き出したチェッコ・スロヴァキアの作品である。 多くの移動劇団、或は「生きた新聞」は身振狂言で帝国主義とファシズムに対する攻撃を始めたが、ここで一つ際立つ芸術上の現象がある。それ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・けれども彼女の運命は全く受動的で、歴史的にあれほど様々の角度から話題とされる生涯を送りながら、マリー・アントワネット自身は何も書かなかった。オーストリアのマリア・テレサの娘として最も高い教育を受けていたし、最も多い自由も持っていたはずだけれ・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・フランスのロマン・ローランをはじめ多くの人類平和を守ろうとする人々はドイツのトマス・マンその他の平和を愛する人々と一つ方向にむすばれたし、オーストリアのすぐれた作家ルドウィッヒ・レーン「マリ・アントアネット」その他の伝記で日本の女性にもした・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
一九三八年三月に、ナチス・ドイツはオーストリアを合併し、三九年三月には、チェコとスロヴァキアとを合併した。五月末に独伊軍事同盟が結ばれ、三ヵ月のちの八月には独ソ不可侵条約を締結した。ヒトラーの政府はラジオをもってこのことを・・・ 宮本百合子 「私の信条」
・・・あたかもそれは、ナポレオンの軍馬が破竹のごとくオーストリアの領土を侵蝕して行く地図の姿に相似していた。――この時からナポレオンの奇怪な哄笑は深夜の部屋の中で人知れず始められた。 彼の田虫の活動はナポレオンの全身を戦慄させた。その活動の最・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫