・・・焼跡に暫らく佇んで、やがて新世界の軍艦横丁を抜けて、公園南口から阿倍野橋の方へ広いコンクリートの坂道を登って行くと、阿倍野橋ホテルの向側の人道の隅に人だかりがしていた。広い道を横切って行き、人々の肩の間から覗くと、台の上に円を描いた紙を載せ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 大鉄百貨店の前のコンクリートの広い坂道を、地下鉄の動物園前の方へ降りて行くと、ホテルや旅館がぼつりぼつりあった。 一軒ずつ当ってみたが、みな断られた。「だめだね」 もう地下鉄の中ででも夜を明かすより方法がない、と娘の方へ半・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・それは細いだら/\の坂路の両側とも、石やコンクリートの塀を廻したお邸宅ばかし並んでいるような閑静な通りであった。無論その辺には彼に恰好な七円止まりというような貸家のあろう筈はないのだが、彼はそこを抜けて電車通りに出て電車通りの向うの谷のよう・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・草の庵でも、コンクリート建築の築地本願寺でも、アパートの三階でも信仰の身をおくことは随意である。そういう形の上に信仰の心があるのではない。モダンが好みならどんな超モダンでもいい、ただその中に包まれた信仰の心がないのがいけないのである。薄っぺ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 汽車に乗って遥々と出てきたのだが、然し母親が考えていたよりも以上に、監獄のコンクリートの塀が厚くて、高かった。それは母親の気をテン倒させるに充分だった。しかもその中で、あの親孝行ものゝ健吉が「赤い」着物をきて、高い小さい鉄棒のはまった・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・ 監獄のコンクリートの壁は、側へ行くと、思ったよりも見上げる程に高く、その下を歩いている人は小さかった。――自動車から降りて、その壁を何度も見上げながら、俺はきつく帯をしめ直した。 皮に入ったピストルを肩からかけ、剣を吊した門衛に小・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・白いコンクリートの門柱に蔦の新芽が這いのぼり、文化的であった。正門のすぐ向いに茅屋根の、居酒屋ふうの店があり、それが約束のミルクホールであった。ここで待って居れ、と言われた。かれは、その飲食店の硝子戸をこじあけるのに苦労した。がたぴしして、・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ ちょうど、東北地方がさかんに空襲を受けていた頃で、仙台は既に大半焼かれ、また私たちが上野駅のコンクリートの上にごろ寝をしていた夜には、青森市に対して焼夷弾攻撃が行われたようで、汽車が北方に進行するにつれて、そこもやられた、ここもやられ・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・和服の着流しでコンクリートのたたきに蹲っていると、裾のほうから冷気が這いあがって来て、ぞくぞく寒く、やりきれなかった。午前九時近くなって、君たちの汽車が着いた。君は、ひとりで無かった。これは僕の所謂「賢察」も及ばぬところであった。 ざッ・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・ 元来アメリカにジャズ音曲とナンセンス映画とが流行する事実は、かの国に古い意味での哲学と科学と芸術の振るわない事実の半面であって、そのかわりに黄金哲学と鉄コンクリート科学と摩天楼犯罪芸術の発達するゆえんであろう。 これに反してドイツ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫