・・・火がおよそいかなる速度でいかなる方向に燃え広がる傾向があるか、煙がどういうぐあいに這って行くものか、火災がどのくらいの距離に迫れば危険であるか、木造とコンクリートとで燃え方がどうちがうか、そういう事に関する漠然たる概念でもよいから、一度確実・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・白木屋の火事の時に、屋上が焼け落ちるかもしれないと言っておどかす途方もない与太郎があったそうであるが、鉄筋コンクリートの岩山は火には決して焼けくずれない。しかも熱伝導がきわめて悪いから下で半日焼けても屋上でははき物をはいた足の裏を焼けどする・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・深さ一メートルの四角なコンクリートの柱の頂上のまん中に径一寸ぐらいの金属の鋲を埋め込んで、そのだいじな頭が摩滅したりつぶれたりしないように保護するために金属の円筒でその周囲を囲んである。その中に雨水がたまっていた。自分はその水中に右の人差し・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・近頃の東京近郊の面目を一新させた因子のうちで最も有効なものと云えば、コンクリートの鋪装道路であろうと思われる。道路に土が顔を出している処には近代都市は存在しないということになるらしい。 荒川放水路の水量を調節する近代科学的閘門の上を通っ・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・汀から岸の頂まで斜めに渡したコンクリートの細長い建造物も何の目的とも私には分らないだけにさらにそういう感じを助長した。 ずっと裏の松林の斜面を登って行くと、思いがけなく道路に出た。そこに名高い花月園というものの入口があった。どんなにか美・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・道路のアスファルトでも、研究所の床のコンクリートでも、どこを歩いてもこの小さな鉄片がなりに似合わぬ高く鋭い叫び声を発して自己の存在を強調する。その音が頭の頂上まで突き抜けるように響き渡って、何よりもまず気が引けるのである。人とすれちがう時な・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ この御手洗の屋根の四本の柱の根元を見ると、土台のコンクリートから鉄金棒が突き出ていて、それが木の根の柱の中軸に掘込んだ穴にはまるようになっており、柱の根元を横に穿った穴にボルトを差込むとそれが土台の金具を貫通して、それで柱の浮上がるの・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・観覧車も今は闃として鉄骨のペンキも剥げて赤あかさびが吹き、土台のたたきは破れこぼちてコンクリートの砂利が喰み出している。殺風景と云うよりはただ何となくそぞろに荒れ果てた景色である。 平一は今年の夏妹夫婦と姪とで夜の会場へ遊びに来た事があ・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・ 近来は鉄筋コンクリートの住宅も次第にふえるようである。これは地震や台風や火事に対しては申しぶんのない抵抗力をもっているのであるが、しかし一つ困ることはあの厚い壁が熱の伝導をおそくするためにだいたいにおいて夏の初半は屋内の湿度が高く冬の・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
出典:青空文庫