・・・と同時に彼の足は小荷物台から攫われて、尻や背中でゴツンゴツンと調子をとりながら、コンクリートの上へ引きずり下された。 汽車は静に動き出した。両方の乗降口に立っていた制服巡査は飛び下りた。 思わず、彼は深い吐息をついた。そして、自・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・空の荷物運搬車が凍ったコンクリートの上にある。二人か三人の駅員が、眠げにカンテラをふって歩いて来た。 ――誰も出てない? ――出てない。 荷物を出す番になって赤帽がまるで少ない。みんな順ぐりだ。人気ないプラットフォームの上に立っ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ その界隈にこの頃たつ家は、いずれもぐるりをコンクリートの塀で犇とかこって、面白いこともなさそうに往来に向って門扉も鎖してしずまっている。だが、昔ながらの木と土と紙でこしらえた家のまわりだけをそんないかめしいコンクリートでかこってみるの・・・ 宮本百合子 「犬三態」
かなりの復興したとはいっても、東京の街々はまだ焼あとだらけである。大きい邸跡の廃墟に石の門ばかりのこって、半ばくずれたコンクリート塀の中に夏草がしげっている。小さい道をへだてて、バラックのトタン屋根が暑い日をてりかえし、ス・・・ 宮本百合子 「いまわれわれのしなければならないこと」
・・・ 飲料の貯水池が砲台の奥にあって、撃破されたコンクリートの天井が黒い澱み水の上に墜ちかかっているのが、ランターンのちらつく不安定な灯かげの輪のなかに照らし出されて来る。 グーモンへ着いた時には、落ちかかると早い日が山容を濃く近く見せ・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・佐和子は、妹と並んで防波堤兼網乾し場の高いコンクリートのかげで、日向ぼっこをしていた。正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたのだろう、蜜柑の皮が乾からびて沢山一ところに散らかっているのが砂の上に見えた。砂とコンクリートのぬくもり・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・広場を前にして、三階コンクリート建の国営デパートメントの大きい硝子窓がある。 木橋がある。下は鉄道線路だ。子供が四五人、木橋の段々に腰かけて遊んでいる。そこをよけて、仕事から引上げて来る労働者、交代に行く労働者。人通りは絶えない。 ・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ 須藤さんの杉林は分譲地となって邸宅が並び、松平さんの空地は、九尺ばかりのコンクリート塀で囲われた。藤堂さんの森だったところは何軒も二階建の貸家が建ち並んでいる。表通りの小さい格子戸の家々の一画はとり払われて、ある大きい実業家の屋敷とな・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・ 山の茶屋の二階からずうっと見晴すと、遠い山襞が珍しくはっきり見え、千曲川の上流に架っているコンクリートの橋が白く光っている上を自動車が走っているのまで、小さく瞰下せる。 まだ苅り入れのはじまらない段々畑で実っている稲の重い黄色、杉・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・杉浦啓一は力づよい、飾りない言葉で第四年目の三・一五を記念し、ブルジョア・地主のひどい政府が、どんなに党員たちを苦しめるか、死ねがしに扱うか、いやいや現に党員の誰とかを警察のコンクリートの床になげつけて殺した事実をあげて、政治犯人即時釈放を・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
出典:青空文庫