・・・ やがて百人の処女の喉から華々しい頌歌が起った。シオンの山の凱歌を千年の後に反響さすような熱と喜びのこもった女声高音が内陣から堂内を震動さして響き亘った。会衆は蠱惑されて聞き惚れていた。底の底から清められ深められたクララの心は、露ばかり・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・囚人たちの唱歌ですよ。シオンのむすめ、…… ――語れかし! ――わが愛の君に。私は讃美歌をさえ忘れてしまいました。いいえ、そういう謎のつもりでは無かったのです。あなたから、何もお伺いしようと思いません。そんなに気を廻さないで下さい。・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・大群集、老いも若きも、あの人のあとにつき従い、やがて、エルサレムの宮が間近になったころ、あの人は、一匹の老いぼれた驢馬を道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは、「シオンの娘よ、懼るな、視よ、なんじの王は驢馬の子に乗りて来り給う・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・いつか、カナダのタール教授が来て氷河に関する話をしたときなど、ペンクは色々とディスクシオンをしながら自分などにはよく分らぬ皮肉らしいことを云って相手を揶揄しながら一座を見渡してにやりとするという風であった。 ペンクの講義は平明でしかも興・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・英語を元にして、ロシヤならばおしまいをチアと代え、フランス語ならばシオンと代えて、どうやら歩きまわっていた時のことを思い出します。 栗林氏へお金を送ったのは、九月下旬か十月上旬でしたろう。受取りを調べると五十二円二十五銭で、私は五十三円・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫