・・・』『そのスケッチが見とうございますね、』と小山の求めるままに十一月三日の記から読みだした。『野を散歩す日暖かにして小春の季節なり。櫨紅葉は半ば散りて半ば枝に残りたる、風吹くごとに閃めき飛ぶ。海近き河口に至る。潮退きて洲あらわれ鳥の群・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・つまり君の方でいうと鉛筆で書いたスケッチと同じことで他人にはわからないのだから。』といっても大津は秋山の手からその原稿を取ろうとはしなかった。秋山は一枚二枚開けて見てところどころ読んで見て、『スケッチにはスケッチだけのおもしろ味があ・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・島崎藤村の「千曲川のスケッチ」その他に、部分的にちょい/\現れているのと、長塚節の、農民文学を論じる時にはだれにでも必ずひっぱりだされる唯一の「土」以外には、ほとんど見つからない。たまたま扱われているかと思うと、真山青果の「南小泉村」のよう・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・私は、私の寝顔をさえスケッチできる。 私が死んでも、私の死顔を、きれいにお化粧してくれる、かなしいひとだって在るのだ。Kが、それをしてくれるであろう。 Kは、私より二つ年上なのだから、ことし三十二歳の女性である。 Kを、語ろうか・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・話がねちねちして理窟が多すぎるし、あまりにも私を意識しているゆえか、スケッチしながらでも話すことが、みんな私のことばかり。返事するのも面倒くさく、わずらわしい。ハッキリしない人である。変に笑ったり、先生のくせに恥ずかしがったり、何しろサッパ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・可もなく、不可もない「スケッチ」というものであろうか。あれを、見なければよかったのだ。「聖母子」に、気がつかなければ、よかったのだ。私は、しゃあしゃあと書けたであろう。 さっきから、煙草ばかり吸っている。「わたしは、鳥ではありませぬ・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・五六日して、上野動物園で貘の夫婦をあらたに購入したという話を新聞で読み、ふとその貘を見たくなって学校の授業がすんでから、動物園に出かけていったのであるが、そのとき、水禽の大鉄傘ちかくのベンチに腰かけてスケッチブックへ何やらかいている佐竹を見・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・その画は小さいスケッチ版ではあったが、父の最近の佳作の一つであった。父の北海道旅行の収穫である。およそ二十枚くらい画いて来たのだが、仙之助氏には、その中でもこの小さい雪景色の画だけが、ちょっと気にいっていたので、他の二十枚程の画は、すぐに画・・・ 太宰治 「花火」
・・・すなわち、故人、入江新之助氏の遺家族のスケッチに違いないのである。もっとも、それは必ずしも事実そのままの叙述ではなかった。大げさな言いかたで、自分でも少からず狼狽しながら申し上げるのであるが、謂わば、詩と真実以外のものは、適度に整理して叙述・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・要するに素人画家のスケッチのようなものだと思って読んでもらいたいのである。二 アルベルト・アインシュタインは一八七九年三月の出生である。日本ならば明治十二年卯歳の生れで数え年四十三になる訳である。生れた場所は南ドイツでドナウ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫