・・・とは何かと云うと、これはイエス・クリストの呪を負って、最後の審判の来る日を待ちながら、永久に漂浪を続けている猶太人の事である。名は記録によって一定しない。あるいはカルタフィルスと云い、あるいはアハスフェルスと云い、あるいはブタデウスと云い、・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても。 又 輿論の存在に価する理由は唯輿論を蹂躙する興味を与えることばかりである。 敵意 敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快であり、且又健・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ちょうど昔ガリラヤの湖にあらしを迎えたクリストの船にも伯仲するかと思うくらいである。宣教師は後ろへまわした手に真鍮の柱をつかんだまま、何度も自働車の天井へ背の高い頭をぶつけそうになった。しかし一身の安危などは上帝の意志に任せてあるのか、やは・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・一株の萩を、五、六羽で、ゆさゆさ揺って、盛の時は花もこぼさず、嘴で銜えたり、尾で跳ねたり、横顔で覗いたり、かくして、裏おもて、虫を漁りつつ、滑稽けてはずんで、ストンと落ちるかとすると、羽をひらひらと宙へ踊って、小枝の尖へひょいと乗る。 ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・曲った腰をむずむずと動かして、溝の上へ膝を摺出す、その効なく……博多の帯を引掴みながら、素見を追懸けた亭主が、値が出来ないで舌打をして引返す……煙草入に引懸っただぼ鯊を、鳥の毛の采配で釣ろうと構えて、ストンと外した玉屋の爺様が、餌箱を検べる・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・小脇に威勢よく引抱えた黒塗の飯櫃を、客の膝の前へストンと置くと、一歩すさったままで、突立って、熟と顔を瞰下すから、この時も吃驚した目を遣ると、両手を引込めた布子の袖を、上下に、ひょこひょことゆさぶりながら、「給仕をするかね、」と言ったのであ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・「先日おいでになった時、大層御尊信なすっておいでの様子で、お話になった、あのイエス・クリストのお名に掛けて、お願致します。どうぞ二度とお尋下さいますな。わたくしの申す事を御信用下さい。わたくしの考ではもしイエスがまだ生きておいでなされた・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・おりおり立ち止まっては毛布から雪を払いながら歩みます、私はその以前にもキリスト教の会堂に入ったことがあるかも知れませんが、この夜の事ほどよく心に残っていることはなく、したがってかの晩初めて会堂に行った気が今でもするのであります。 道々二・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・巻末の解説を読むと、これは、ドイツ、オーストリア、ハンガリーの巻であることがわかります。いちども名前を聞いたことの無いような原作者が、ずいぶん多いですね。けれども、そんなことに頓着せず、めくらめっぽう読んで行っても、みんなそれぞれ面白いので・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 僕はべつにサジストではない。その傾向は僕には無かった。しかし、あの日に、人を傷つけた。それはきっと、戦地の宿酔にちがいないのだ。僕は戦地に於いて、敵兵を傷つけた。しかし、僕は、やはり自己喪失をしていたのであろうか、それに就いての反省は・・・ 太宰治 「雀」
出典:青空文庫