・・・これはもちろん二つの間のストーリーの根本的の差違によることであり、また一方では劇的分子、一方では音楽的分子が主要なものになっているためもあるが、しかしまた二人の監督の手法の些細な点まで行き渡った違いによることも明白である。侯爵家の家従がパッ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・クリストに云わせても、それほどに健康ではち切れそうだと、狭い天国の門を潜るにも都合が悪いであろう。 あえて半分風邪を引くことを人にすすめるのではない。弱いものの負惜しみの中にも半面の真があるというだけの話である。 星の世界の住民が大・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・風月ではドイツ人のピアニストS氏とセリストW氏との不可分な一対がよく同じ時刻に来合わせていた。二人もやはりここの一杯のコーヒーの中にベルリンないしライプチヒの夢を味わっているらしく思われた。そのころの給仕人は和服に角帯姿であったが、震災後向・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・つまり、こういう芸術家やこれとよく似た科学者らは、極端なイーゴイストであるがために結果においてはかえって多数のために自分を犠牲にする事になる場合もあるだろう。そういう時にいつでも結局いちばん得をするのは、こういう犠牲者の死屍にむちうつパリサ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ここから谷へおりる途中に、小さなタヴァンといったような家の前を通ったら、後ろから一人追っかけて来て、お前は日本人ではないかとききますから、そうだと答えたら、私は英人でウェストンというものだが、日本には八年間もいてあらゆる高山へ登り、富士へは・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 三「私は言わば偶然にセリストになった。事によっては、ヴァイオリニストにもまたトロンボニストにもなったかもしれない。音楽が第一に来るもので特別な楽器ではない。しかし自分のメディアムとしてある特別な楽器を選んだ以上はできる・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・ それにしても魔術師ないしセリストと麻束との関係はやはり分らない。事によるとこの麻束が女の金髪から来ているかもしれないが、しかし自分の記憶には金髪と魔術師また音楽者との聯想は意識されない。・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・古又嘗テ吉野山ノ種ヲ移植スト云フ。毎歳立春ノ後五六旬ヲ開花ノ候トナス。」としてある。そして桜花満開の時の光景を叙しては、「若シ夫レ盛花爛漫ノ候ニハ則全山弥望スレバ恰是一団ノ紅雲ナリ。春風駘蕩、芳花繽紛トシテ紅靄崖ヲ擁シ、観音ノ台ハ正ニ雲外ニ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・然ラザレバ徒ニ纏頭ヲ他隊ノ婢ニ投ジテ而モ終宵阿嬌ノ玉顔ヲ拝スルノ機ヲ失スト云。是ニ於テヤ酒楼ノ情況宛然妓院ニ似タルモノアリ。予復問フテ曰ク卿等女給サンノ前身ハ何ゾヤ。聞クナラク浅草公園上野広小路辺ノ洋風酒肆近年皆競ツテ美人ヲ蓄フト。果シテ然・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ ところが、途中に急な坂が一つありましたので、ねずみは三度目に、そこからストンところげ落ちました。 柱もびっくりして、「ねずみさん、けがはないかい。けがはないかい。」と一生けん命、からだを曲げながら言いました。ねずみはやっと起き・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
出典:青空文庫