・・・それに、新しい思潮が横溢して来たその時では、その作の基調がロマンチックでセンチメンタルにかたよりすぎている。『生』『妻』と段々調子が低く甘くなっていっているのに、またこのセンチメンタルな作では、どうもあきたらないというような気がする。また、・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・……少しセンチメンタルになる。 帰りに四馬路という道を歩く。油絵の額を店に並べて、美しく化粧をした童女の並んでいる家がところどころにある。みんな娼楼だという。芸妓が輿に乗って美しい扇を開いて胸にかざしたのが通る。輿をささえる長い棒がじわ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女中はたった十六の田舎の小娘だ。たれに向って、私は、「ほう、おかしいことよ、私は少々センチメンタルになって来てよ」といわれよう! 私は、御飯時分にな・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・彼の中には古いセンチメンタルしかない。 それに反してドミトリーは、生れながらの労働者である。インガに対して、彼はニェムツェウィッチのようにこしらえ上げた文句を云うことは知らない。「僕はあなたを愛している。」そういうだけが精々だ。 イ・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ ここで、もう一つとりあげるべきことはこの裁判にはセンチメンタルなところがあると思われる点です。その点皆さん『朝日』や『毎日新聞』の方たちがおっしゃいましたけれども、被告は、私は生活苦からやったんじゃありませんといっている、それだのに、・・・ 宮本百合子 「浦和充子の事件に関して」
・・・稲子さんは、互の友情にも甘えないひとである。センチメンタルなところがすこしもない。これは女として新しいタイプであり、その点、稲子さんの良人となり友人となる者にとっては、或るこわさがある。対手を高める力として作用する隠されたこわさがある。稲子・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・ そうすれば何でも物事に感じやすい極く極くセンチメンタルになる頂上を少女小説は通って行くんです。 十五六から二十近くまでの娘の心と云うものはまるで張りきった絃の様にささやかな物にふれられてもすぐ響き、微風にさえ空鳴りがするほどで、涙・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
・・・クリスマスカロルなど、スエ子がきのうよんで、何だかいやな気がしたと、ひどく気分的に表現していたが主人公がここでも、全くあり得ぬようにセンチメンタルに架空的にとらえられているのです。 ねえ、私は用心しなければいけませんね。こうやってかいて・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ガルボは、いい女優の特長として幅があるし、流動的だし、含蓄があるし、私は好きな女ですが、この平凡で謂わばセンチメンタルな映画を見て、私はどっち道不幸なめぐり合わせを描写して涙をこぼさせるようなのは、すきでないと感じました。この私の心持から或・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・一人が低い声で仕事とリズムを合わせて唄い出すと、やがて一人それに加わり、また一人加わり、終には甲高な声をあげ、若い女工まで、このストトン、ストトンという節に一種センチメンタルな哀愁さえ含ませて一同合唱する。 何とかして通やせぬストトン、・・・ 宮本百合子 「この夏」
出典:青空文庫