・・・のみならずテニスか水泳かの選手らしい体格も具えていた。僕はこう言う彼女の姿に美醜や好悪を感ずるよりも妙に痛切な矛盾を感じた。彼女は実際この部屋の空気と、――殊に鳥籠の中の栗鼠とは吊り合わない存在に違いなかった。 彼女はちょっと目礼したぎ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・土の赤いテニス・コオトには武官教官が何人か、熱心に勝負を争っている。コオトの上の空間は絶えず何かを破裂させる。同時にネットの右や左へ薄白い直線を迸らせる。あれは球の飛ぶのではない。目に見えぬ三鞭酒を抜いているのである。そのまた三鞭酒をワイシ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・先ほどの処の地続きは平にならされてテニスコートになっている。軟球を打ち合っている人があった。――路らしい路ではなかったがやはり近道だった。「遠そうだね」「あそこに木がこんもり茂っているだろう。あの裏に隠れているんだ」 停留所はほ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・その中にあった金を次郎に分け、ちょうどそこへ屋外からテニスの運動具をさげて帰って来た三郎にも分けた。「へえ、末ちゃんにも月給。」 と、私は言って、茶の間の廊下の外で古い風琴を静かに鳴らしている娘のところへも分けに行った。その時、銀貨・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・中学の終りからテニスを始めていたぼくは、テニスのおかげで一夜に二寸ずつ伸びる思いで、長身、肥満、W高等学院、自涜の一年を消費した後、W大学ボート部に入りました。一年後ぼくはレギュラーになり、二年後、第十回オリンピック選手としてアメリカに行き・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・これまで人一倍、がんばって勉強して、それからテニスも、水泳もお上手だったのだもの、いまの寂しさ、苦しさはどんなだろう。ゆうべも新ちゃんのことを思って、床にはいってから五分間、目をつぶってみた。床にはいって目をつぶっているのでさえ、五分間は長・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ 「テニスコートがあって、看護婦さんとあそんで、ゆっくり御静養できますわよ。」と悪婆の囁き。われは、君のそのいたわりの胸を、ありがたく思っていました。見よ、あくる日、運動場に出ずれば、蒼き鬼、黒い熊、さながら地獄、ここは、かの、どんぞこの、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ テニス競技の場面の挿入は、物語としては主要なものでないが、映画の中の挿話として見ると不思議な心理的な効果をあげている。「大戦」と、ルパートのいわゆる「戦いはこれから始まるのだ」のその「戦い」との間に、この楽しい球技の戦いが挿入されてい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・主客総立ちになって奇妙な手付をして手に手に団扇を振廻わしてみてもなかなかこれが打落されない。テニスの上手な来客でもこの羽根の生えたボールでは少し見当が違うらしい。婦人の中には特にこの蛾をいやがりこわがる人が多いようである。今から三十五年の昔・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・主客総立ちになって奇妙な手つきをして手に手に団扇を振り回してみてもなかなかこれが打ち落とされない。テニスの上手な来客でもこの羽根のはえたボールでは少し見当が違うらしい。婦人の中には特にこの蛾をいやがりこわがる人が多いようである。今から三十五・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
出典:青空文庫