デパートの内部は、いつも春のようでした。そこには、いろいろの香りがあり、いい音色がきかれ、そして、らんの花など咲いていたからです。 いつも快活で、そして、また独りぼっちに自分を感じた年子は、しばらく、柔らかな腰掛けにからだを投げて・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・「私、今日、デパートへ寄るから、良ちゃんにいいのを買ってきてあげるわ。」と、お姉さんは、いいました。すると、たちまち、良ちゃんの目はかがやきました。「ほんとう? お姉ちゃん、僕にぴかぴかした、シャープ=ペンシルを買ってきてくれる?」・・・ 小川未明 「小さな弟、良ちゃん」
・・・豹一は毎日就職口を探して歩き、やっとデパートの店員に雇われた。美貌を買われて、婦人呉服部の御用承り係に使われ、揉手をすることも教えられ、われながらあさましかったが、目立って世帯じみてきた友子のことを考えると、婦人客への頭の下げ方、物の言い方・・・ 織田作之助 「雨」
・・・は戎橋の停留所から難波へ行く道の交番所の隣にあるしるこ屋で、もとは大阪の御寮人さん達の息抜き場所であったが、いまは大阪の近代娘がまるで女学校の同窓会をひらいたように、はでに詰め掛けている。デパートの退け刻などは疲れたからだに砂糖分を求めてか・・・ 織田作之助 「大阪発見」
手招きを受けたる童子 いそいそと壇にのぼりつ「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を・・・ 太宰治 「喝采」
・・・あなたは、私の知らぬ間にデパートへ行って何やらかやら立派なお道具を、本当にたくさん買い込んで、その荷物が、次々とデパートから配達されて来るので、私は胸がつまって、それから悲しくなりました。これではまるで、そこらにたくさんある当り前の成金と少・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・オフィス、デパート、工場、映画館、はだかレヴュウ。いるはずが無い。女子大の校庭のあさましい垣のぞきをしたり、ミス何とかの美人競争の会場にかけつけたり、映画のニューフェースとやらの試験場に見学と称してまぎれ込んだり、やたらと歩き廻ってみたが、・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 帝展には少ないが二科会などには「胃病患者の夢」を模様化したようなヒアガル系統の絵がある。あれはむしろ日本画にした方が面白そうに思われるのに、まだそういう日本画を見ない。これも意外である。 デパートのマークを付けたために問題になった・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・銀座で草木染めが展観されデパートで手織り木綿が陳列されるという現象がその前兆であるかもわからないのである。そうして、鋼鉄製あるいはジュラルミン製の糸車や手機が家庭婦人の少なくも一つの手慰みとして使用されるようなことが将来絶対にあり得ないとい・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・もしこれと同じ要領でデパート火事の階段に臨むものとすれば階段は瞬時に生きた人間の「栓」で閉塞されるであろう。そうしてその結果は世にも目ざましき大量殺人事件となって世界の耳口を聳動するであろうことは真に火を見るよりも明らかである。このような実・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
出典:青空文庫