・・・ 嘉七は立って、よろよろトイレットのほうへ歩いていった。トイレットへはいって、扉をきちんとしめてから、ちょっと躊躇して、ひたと両手合せた。祈る姿であった。みじんも、ポオズでなかった。 水上駅に到着したのは、朝の四時である。まだ、暗か・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・部屋を出る時は、トイレットへ行く時でも、お風呂へ行く時でも、散歩に出る時でも、かならず懐へ入れて出ます。お金が惜しいというわけではなく、無くなった時、いろいろ騒ぎになる、その騒ぎがいやなのです。私は岩風呂へ降りて行って、そこからスリッパのま・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・けさ、トイレットにて、真剣にしらべてみたら、十円紙幣が二枚に五円紙幣が一枚、それから小銭が二、三円。一夜で六、七十円も使ったことになるが、どこでどう使ったのか、かいもく見当つかず、これだけの命なのだ。まずしい気持ちで死にたくはなかった。二、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ 待てよ、こいつ、トイレットで、こっそり残金を調べやがったな。そうでなければ、半分以上残ってるなんて、確言できる筈はない。やった、やったんだ。よくあるやつさ。トイレットの中か、または横丁の電柱のかげで酔っていながら、残金を一枚二枚と数えて、・・・ 太宰治 「渡り鳥」
出典:青空文庫