・・・左りの上に塊っているのが Geranium でこれは G……」と云ったぎり黙っている。見ると珊瑚のような唇が電気でも懸けたかと思われるまでにぶるぶると顫えている。蝮が鼠に向ったときの舌の先のごとくだ。しばらくすると女はこの紋章の下に書きつけ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・その傍に JOHAN DECKER と云う署名がある。デッカーとは何者だか分らない。階段を上って行くと戸の入口に T. C. というのがある。これも頭文字だけで誰やら見当がつかぬ。それから少し離れて大変綿密なのがある。まず右の端に十字架を描・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・昔は Monsieur de Voltaire, Monsieur de Buffon だなんと云って、ロオマンチック派の文士が冷かしたものだが、ピエエルなんぞはたしかにあのたちの貴族的文士の再来である。 オオビュルナン先生は最後に書い・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・其上いつもなら枕元に椅子を引きよせて、五月蠅いほど何か喋ったり笑ったりする彼女―― Chatterbox が、自分の部屋に引こんだきりことりともさせないのは穏やかでない。 部屋はがらんと広く、明るく無人島のような感じを与えた。彼は暫く、・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 二十八日 此日Aは始めてセミナーから Avery に来る。此頃自分はアベレーホールでイジプトの研究をして居たのだ。 三十日 A、Avery で Persian と Chinese Art を調べ始める。夜ファシールに行く。・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・ 十九日 ホテルで一緒に食事をし、夜はグランパがダディの packing を手伝う。三人で、夜フィテアにかえる。 二十日 ダディを二時四十分の汽車に見送り、三人でサブに乗り、村川氏に会いたいと云うので、送ろうとするAを強いて・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・“Life is such a thing”という言葉がある。ふち飾りである文学が、人類の歴史の進歩に大きく作用する力はなかった。十九世紀のイギリスのロマンティシズムがレルモントフに影響し、サッカレーやディケンズのリアリスムがトルストイなど・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・“The Four Horseman of Apocalypse.”を書いて俄に注目の焦点と成った西班牙のブラスコ・イバンツを始め、松村みね子氏によって翻訳された「人馬の花嫁」の作者、ロード・ダンサニー其他、H. G. Wells, Joh・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・ 二(A) 科学技術者をテーマとした作品は、むずかしいからでしょう。多くかかれていません。ひと頃ドイツで「アニリン」とかその他科学小説がかかれましたが、その場合、科学技術者というものの特殊性がどこまでとらえ・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・ Luigi Rasi のデュウゼ伝によると、デュウゼの血は劇場の内に流れていた。彼女は「劇場の子」である。 彼女の祖父はヴェネチアで評判の役者だった。そのころは幕がおりてから、役者が幕外へ明晩の芸題の披露に出る習慣であったが、・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫