・・・ 教えられた部屋は硝子張りで、校正室から監視の眼が届くようになっていた。 武田さんは鉛の置物のように、どすんと置かれていた。 ドアを押すと、背中で、「大丈夫だ。逃げやせんよ。書きゃいいんだろう」 しかし振り向いて、私だと・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 丁度そこへ閉っていたドアを無理矢理あけて、白いズボンが斬り込むように、「一杯だけでいい。飲ませろ」とはいって来た。左翼くずれの同盟記者で大阪の同人雑誌にも関係している海老原という文学青年だったが、白い背広に蝶ネクタイというきちんと・・・ 織田作之助 「世相」
・・・老博士は、ビヤホールの廻転ドアから、くるりと排出され、よろめき、その都会の侘びしい旅雁の列に身を投じ、たちまち、もまれ押されて、泳ぐような恰好で旅雁と共に流れて行きます。けれども、今夜の老博士は、この新宿の大群衆の中で、おそらくは一ばん自信・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・額の油汗拭わんと、ぴくとわが硬直の指うごかした折、とん、とん、部屋の外から誰やら、ドアをノックする。ヒロオは、恐怖のあまり飛びあがった。ノックは、無心に、つづけられる。とん、とん、とん。ヒロオはその場で気が狂ったか、どうか、私はその後の筋書・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・ ドアが音も無くあいて、眼の大きい浅黒い青年の顔が、そっと室内を覗き込んだのを、男爵は素早く見とがめ、「おい、君。君は、誰だ。」見知らぬひとに、こんな乱暴な口のききかたをする男爵ではなかったのである。 青年は悪びれずに、まじめな・・・ 太宰治 「花燭」
・・・の洪水、私の失言も何も一切合切ひっくるめて押し流し、まるで異った国の樹陰でぽかっと眼をさましたような思いで居られるこの機を逃さず、素知らぬ顔をして話題をかえ、ひそかに冷汗拭うて思うことには、ああ、かのドアの陰いまだ相見ぬ当家のお女中さんこそ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・廻転ドアにわれとわが身を音たかく叩きつけ、一直線に旅立ったときのひょろ長い後姿には、笑ってすまされないものがございました。四日目の朝、しょんぼり、びしょ濡れになって、社へ帰ってまいりました。やられたのです。かれの言いぶんに拠れば、字義どおり・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ ノックする。「だれ?」 中から、れいの鴉声。 ドアをあけて、田島はおどろき、立ちすくむ。 乱雑。悪臭。 ああ、荒涼。四畳半。その畳の表は真黒く光り、波の如く高低があり、縁なんてその痕跡をさえとどめていない。部屋一ぱ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ あそび仲間の詩人が、ひょっくりドアから首を出した。「おい、何か悪い事をしに行こうか。も少し後悔してみたい。」 振り向きもせず、「きょうは、いやだ。」「おや、おや。」詩人は部屋へはいって来た。「まさか、死ぬ気じゃないだろ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・のだと合点する。それは、青春の霊感と呼べるかも知れない。私は、その「いでゆ」のドアを押しあけて、うすぐらいカウンタア・ボックスのなかに、その少女のすがたを見つけるなり、その青春の霊感に打たれた。私は、それでも新進作家らしく、傲然とドア近くの・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫