・・・ 二郎さんは、バケツの 中の かにを、きみ子さんに みせて やりました。「メロンを きりましたから、いらっしゃい。」と、おかあさんが およびに なりました。ふたりは とんで きました。「この つめたいのを、にいさんに やりた・・・ 小川未明 「つめたい メロン」
・・・ 其処で平常の通り弁当持たせて磯吉を出してやり、自分も飯を食べて一通片附たところでバケツを持って木戸を開けた。 お清とお徳が外に出ていた。お清はお源を見て「お源さん大変顔色が悪いね、どうか仕たの」「昨日から少し風邪を引たもん・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・丁度、彼女は二階の縁側の拭き掃除が終って、汚れ水の入ったバケツを提げて立ったまゝ屋根ごしに近所の大きな屋敷で樹を植え換えているのを見入っているところだった。園子は、ばあさんがもう下へおりてしまったつもりで、清三に相談したものらしかった。・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・かつ子さんたちはそれから一と晩中バケツで池の水をはこんでは屋根へかけかけして、一いきも休まずはたらきつづけました。その小屋をけしとめなかったなら、火はたちまち離宮の建物にも移ったのです。そうなったら――そこはすでに、両面に火の手をひかえてお・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・その山椒魚は、その後どうなったか、私も実は、それほどの大きい山椒魚を一匹欲しいものだと思っているのでありますが、どうも、いれものを持って来たか、と言われると窮します。バケツぐらいでは間に合いません。けれども、私は、いつの日か、一丈ほどの山椒・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ 庭で遊んでいた七つの長女が、お勝手口のバケツで足を洗いながら、無心に私にたずねます。この子は、母よりも父のほうをよけいに慕っていて、毎晩六畳に父と蒲団を並べ、一つ蚊帳に寝ているのです。「お寺へ。」 口から出まかせに、いい加減の・・・ 太宰治 「おさん」
・・・細民街のぼろアパアト、黄塵白日、子らの喧噪、バケツの水もたちまちぬるむ炎熱、そのアパアトに、気の毒なヘロインが、堪えがたい焦躁に、身も世もあらず、もだえ、のたうちまわっているのである。隣の部屋からキンキン早すぎる回転の安蓄音器が、きしりわめ・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・もどしたものを母親が小さな玩具のバケツへ始末していた、そのバケツの色彩が妙に眼について今でも想い出される。 途中で乗客が減ったのでバスから普通の幌自動車に移された。その辺からまた道路が川の水面に近くなる。河の水面のプロフィルが河長に沿う・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ このあいだじゅう板塀の土台を塗るために使った防腐塗料をバケツに入れたのが物置きの窓の下においてあった。その中に子猫を取り落としたものと思われた。頭から油をあびた子猫はもう明らかに呼吸が止まっているように見えたが、それでもまだかすかに認・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・しかし、新聞記事の多数の読者には、どうしても、当人が登壇して滔々と論じたかのごとく、また黄河の水を大きなバケツか何かで、どんどん日本海へくみ込むかと思わせるようになっているのである。そのほうがなるほどたしかにおもしろいには相違ないのである。・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫