・・・ それにしても神保町の夜の露店の照明の下に背を並べている円本などを見る感じはまずバナナや靴下のはたき売りと実質的にもそうたいした変わりはない。むしろバナナのほうは景気がいいが、書物のほうはさびしい。「二人行脚」の著者故日下部四郎太博・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・御褒美にバナナを貰って、いつか下へおりていった。「ここでも書きものができましょうがね」老母はそう言って、目の先きに木の生い茂っている山を見上げながら、「山の青々したものはいいもんや」 するうち二人とも横になって、いい心持にうとう・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ わたくしの若い時分、明治三十年頃にはわれわれはまだ林檎もバナナも桜の実も、口にしたことが稀であった。むかしから東京の人が口にし馴れた果物は、西瓜、真桑瓜、柿、桃、葡萄、梨、粟、枇杷、蜜柑のたぐいに過ぎなかった。梨に二十世紀、桃に白桃水・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・茄玉子林檎バナナを手車に載せ、後から押してくるものもある。物売や車の通るところは、この別天地では目貫きの大通であるらしい。こういう処には、衝立のような板が立ててあって、さし向いの家の窓と窓とが、互に見えないようにしてある。 わたくしは路・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・水蜜桃や、林檎や、枇杷や、バナナを綺麗に籠に盛って、すぐ見舞物に持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗だと云っている。商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・まして台湾以南の熱帯地方では椰子とかバナナとかパインアップルとかいうような、まるで種類も味も違った菓物がある。江南の橘も江北に植えると枳殻となるという話は古くよりあるが、これは無論の事で、同じ蜜柑の類でも、日本の蜜柑は酸味が多いが、支那の南・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・停車場の前にはバナナだの苹果だの売る人がたくさんいた。待合室は大きくてたくさんの人が顔を洗ったり物を食べたりしている。待合室で白い服を着た車掌みたいな人が蕎麦も売っているのはおかしい。 *船はいま黒い煙を青森の方へ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
人物 バナナン大将。 特務曹長、 曹長、 兵士、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。場処 不明なるも劇中マルトン原と呼ばれたり。時 不明。幕あく。砲弾にて破損せる・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ 上野の自働電話 直ぐとなりにバナナのたたき売りあり、電話の話と混同する「ああもしもしええやっちまえ」「あら 何云ってらっしゃるのよ」「畜生!もしもし困っちゃうな、ばななのたたきうりがあるんですよ、こ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・その先には、台を叩き叩き、大声で人を集めているバナナ屋がいた。堆い、黄色な果物が目立った。右側の店舗から漲り出す強い光線、ぶらぶらと露店の上に揺れ、様々な形と色彩の商品を照している電燈の笠。賑やかで、ごたついた東洋的な夜の光景の中で、この外・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
出典:青空文庫