・・・の内容などにいつもあきたりないでいる大衆が、もっと生活に密着した文学を、と求める声に応じてその要求をとりあげるよりヒューマニスティックな文学論のようにさえうけとられたのであった。しかし、現実は反対であった。ファシズムの文化政策はその溝をとお・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・三木氏のヒューマニズム論は、あやまれる客観主義の否定、日本における社会生活と思想の伝統の特徴にふれて、今日のヒューマニズムの性質を明かにしようという努力にもかかわらず、あしき客観主義に対置するヒューマニスティックなものとして「主観性の昂揚」・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・それゆえ、一九三八年ごろフランスでナチスの暴虐にたいして人間の理性をまもるために組織されたヒューマニスティックな人民戦線のたたかいも、日本に紹介される時には、大事な闘争の社会史的な核心をぬいて伝えられた。日本の天皇制は、帝国主義の段階にあっ・・・ 宮本百合子 「自我の足かせ」
・・・の中には、そのような漱石のヒューマニスティックな面と、その表現の歴史性が鋭く閃いている。 江戸っ子である漱石は、若いころ、よく寄席の話をきいたそうだ。専攻は人も知るとおりイギリス文学であった。それらの影響もあってか、漱石の文章は、主題の・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
・・・文学者にとって科学の成果は学問としての理解の点では、おそろしく素朴ではあろうが、常にヒューマニスティックな関係において、うけとられているのである。偉大な科学者たちが、科学力について、時代おくれの常識家が云うとおり「文明を脅威するもの」とみず・・・ 宮本百合子 「私の信条」
出典:青空文庫