・・・菓子はウェーファースとビスケットであった。 六 紅海から運河へ四月二十七日 午前右舷に双生の島を見た。一方のには燈台がある。ちょうど盆を伏せたような格好で全体が黄色い。地図で見ると兄弟島というのらしい、どちら・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・夜になると天井の丸太からつるしたランプの光に集まる虫を追いながら、必要な計算や製図をしたり、時にはビスケットの罐をまん中に、みんなが腹ばいになってむだ話をする事もある。いつもよく学校のうわさや教授たちのまねが出てにぎやかに笑うが、ま・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・向うの連中は雑誌を読みながら「ビスケット」か何かかじっている。平凡な乗合だ。少しも小説にならない。もう厭になったからこれで御免蒙る。実は僕の先生の話しをしたいのだがね。よほど奇人で面白いのだから。しかし少々頭がいたいからこれで御勘弁・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・大学士はマッチをすって火をたき、それからビスケットを出しもそもそ喰べたり手帳に何か書きつけたりしばらくの間していたがおしまいに火をどんどん燃してごろりと藁にねころんだ。夜中になって大学士は「うう寒い」と云・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・膝には赤い木皿に丸い小さいビスケットが三十入っている。 柱に頭をもたせかけ、私はくたびれてうっとりとし、ぼんやり幸福で、そのビスケットを一つ一つ、前歯の間で丹念に二つにわって行った。〔一九二四年三月〕・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・アメリカ毛布、アメリカ製ビスケットにかこつけたからくりが、この暴動の種であったということを今日知らぬ労働者はない。 五ヵ年計画まではソヴェト唯一の炭坑区だったドンバスで、一九二八年大陰謀が発覚した。一九三五年になるとドンバスからは一塊の・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 二階に上って来て手摺から見下したら大きい青桐の木の下に数年前父が夕涼みのために買った竹の床机が出ていて、そこに太郎がおやつのビスケットをたべている。わきに国男が白い浴衣姿でしゃがんで、黒豆という名の黒い善良な犬が尻尾をふっている。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そっと咲枝ちゃんとビスケットなどをかじる。 三日雨 四日ぱっと照る。 両日の間に叔母上の死体を、小島さんのところに来た水兵の手で埋り出し、川島、棺作りを手伝って、やっと棺におさめ、寺に仮埋葬す。その頃、東京から小南着。 五日・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 父が外遊中、家計はひどくつましくて、私たちのおやつは、池の端の何とかいう店の軽焼や、小さい円形ビスケット二十個。或はおにぎりで、上野の動物園にゆくとき、いつもその前のおひるはお握りだった。母はずっとあとになってからでも、小さい子供たち・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ ダーリヤが、ビスケットの皿や砂糖を卓子に出すのを眺めながら、ジェルテルスキーは、「今日、松崎さんが来たよ」と云った。「へえ――」「うるさいこと!」 マリーナ・イワーノヴナが、大仰に顔を顰め、両手をひろげた。「も・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫