・・・そして或日曜日の午後、紐育中央公園のベンチで新聞を読んでいた時、わたくしの顔を見て、立止ると共にわたくしの名を呼んだ紳士があった。誰あろう。幾年か前浅草橋場の岸の桟橋で釣をしていたその人である。少年の頃の回想はその時いかに我々を幸福にしたか・・・ 永井荷風 「向島」
・・・と書いてその下にベンチが二脚置いてある。また東の方へ曲る角に巡査派出所があって、「砂町海水浴場近道南砂町青年団」というペンキ塗の榜示杭が立っていた。 わたくしが偶然枯蘆の間に立っている元八幡宮の古祠に行当ったのは、砂町海水浴場の榜示杭を・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・名画を破る、監獄で断食して獄丁を困らせる、議会のベンチへ身体を縛りつけておいて、わざわざ騒々しく叫び立てる。これは意外の現象ですが、ことによると女は何をしても男の方で遠慮するから構わないという意味でやっているのかも分りません。しかしまあどう・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・浅草公園の隅のベンチが、老いて零落した彼にとっての、平和な楽しい休息所だった。或る麗らかな天気の日に、秋の高い青空を眺めながら、遠い昔の夢を思い出した。その夢の記憶の中で、彼は支那人と賭博をしていた。支那人はみんな兵隊だった。どれも辮髪を背・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 彼は瞬間、ベンチの凭れ越しに振りかえった。誰も、彼を覘ってはいなかった。それと思われるのが二人、入口の処でゾロゾロ改札口の方へ動いて行く、群集を眼で拾っていた。 彼は、立ち上って、三つばかり先のベンチへ行って、横目で、一渡り待合室・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・時間があれば見せるのだがと武田先生が云った。ベンチへ座ってやすんでいると赤い蟹をゆでたのを売りに来る。何だか怖いようだ。よくあんなの食べるものだ。 *一千九百廿五年十月十六日一時間目の修身の講義・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・その白い岩になった処の入口に、〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ クレムリンの古めかしい壁の外をギーとまわって、菩提樹の下にベンチの並んでいる公園の横を通り、電車は次第に工場の多い区域に進みます。 少し先へ行くとモスクワ第一の大金属工場「鎌と鎚」の工場へ出る、その手前で電車を下りた。 町の名・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・然し――私は堅い三等のベンチの上で揺られながら考えた。この四角い帽子をいただいた二つの頭は、果して新しき老農夫を満足し啓蒙するだけの知識をもっていながら、彼等が余りエレガントであるために只ああやって蒼白き微笑のみで答えたのか。または、大きな・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・花の咲かない躑躅の植込みの前にベンチがあり、彼等が行ったとき、そう若くない夫婦がかけていい心地そうに目前の眺望に向っていた。桃龍は、着物の裾を両方の脚に巻きつけるような工合にして暫く亭にかけていたが、やがて、「えろ仲よそうにしてはる、ち・・・ 宮本百合子 「高台寺」
出典:青空文庫