・・・机の前には格子窓がある、――その窓から外を見ると、向うの玩具問屋の前に、半天着の男が自転車のタイアへ、ポンプの空気を押しこんでいた。何だかそれが洋一には、気忙しそうな気がして不快だった。と云ってまた下へ下りて行くのも、やはり気が進まなかった・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・不相変赤シャツを着たO君は午飯の支度でもしていたのか、垣越しに見える井戸端にせっせとポンプを動かしていた。僕は秦皮樹のステッキを挙げ、O君にちょっと合図をした。「そっちから上って下さい。――やあ、君も来ていたのか?」 O君は僕がK君・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・ 町の方からは半鐘も鳴らないし、ポンプも来ない。ぼくはもうすっかり焼けてしまうと思った。明日からは何を食べて、どこに寝るのだろうと思いながら、早くみんなの顔が見たさにいっしょうけんめいに走った。 家のすこし手前で、ぼくは一人の大きな・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 呉服橋で電車を降りて店の近くへ来ると、ポンプの水が幾筋も流れてる中に、ホースが蛇のように蜒くっていた。其水溜の中にノンキらしい顔をした見物人が山のように集っていた。伊達巻の寝巻姿にハデなお召の羽織を引掛けた寝白粉の処班らな若い女がベチ・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・ 藁草履を不用にする地下足袋や、流行のパラソルや、大正琴や、水あげポンプを町から積んで。そして村からは、高等小学を出たばかりの、少年や、娘達を、一人も残さず、なめつくすようにその中ぶるの箱の中へ押しこんで。 自動車は、また、八寸置き・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・かけ出した各消防署のポンプも、地震で水道の鉄管がこわれて水がまるで出ないので、どうしようにも手のつけようがなく、ところにより、わずかに堀割やどぶ川の水を利用して、ようやく二十二、三か所ぐらいは消しとめたそうですが、それ以上にはもう力がおよば・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・店には大小の消火ポンプが並べられてありました。纏もあります。なんだか心細くなって、それでも勇気を鼓舞して、股引ありますか、と尋ねたら、あります、と即座に答えて持って来たものは、紺の木綿の股引には、ちがい無いけれども、股引の両外側に太く消防の・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ 私はいまいましい気持で、彼のうしろについて外へ出て井戸端に行き、かわるがわる無言でポンプを押して手を洗い合った。「うがいして下さい。」 彼にならって、私も意味のわからぬうがいをする。「握手!」 私はその命令にも従った。・・・ 太宰治 「女神」
・・・次は消防作業でポンプはほとばしり消防夫は屋根に上がる。おかしいのはポンプが手押しの小さなものである。次は二人の消防夫が屋根から墜落。勇敢なクジマ、今までに四十人の生命を助け十回も屋根からころがり落ちた札付きのクジマのおやじが屋根裏の窓から一・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・船の陰に横付けになって、清水を積んだ小船が三艘、ポンプで本船へくみ込んでいた。その小船に小さな小さなねこ――ねずみぐらいなねこが一匹いた。海面には赤く光るくらげが二つ三つ浮いていた。 ハース氏夫妻と話していると近くの時計台の鐘がおもしろ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫