・・・しかして丘の上には赤い鐘楼のある白い寺だの、ライラックのさきそろった寺領の庭だの、ジャスミンの花にうもれた郵便局だの、大槲樹の後ろにある園丁の家だのがあって、見るものことごとくはなやかです。そよ風になびく旗、河岸や橋につながれた小舟、今日こ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・今夜市庁のホールでうたうマリヴロン女史がライラックいろのもすそをひいてみんなをのがれて来たのである。 いま、そのうしろ、東の灰色の山脈の上を、つめたい風がふっと通って、大きな虹が、明るい夢の橋のようにやさしく空にあらわれる。 少女は・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
・・・二年後に、その屋根はすっかりガラスが嵌めこまれて新しいものになった。ライラック色のルバシカに金髪を輝やかした青年と、黒い上着を着て白っぽいハンティングをかぶったもう一人の青年とが、或る日その屋上へ出て来て愉快そうに談笑しながら、小さいカメラ・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・五月の末に此方に来た時は、紫紅色の房々としたライラックがまだ蕾勝ちで、素朴な林檎の花盛りでございました。其からぐんぐんと延び育った熾な夏は僅か二箇月でもう褪せようと仕て居ります。私が大きな楡の樹蔭の三階で、段々近眼に成りながら、緩々と物を書・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 鮮やかな形のうちに清い渋みをたたえたライラック色の花弁は、水のように日を燦かすフレームの中で、無邪気な、やや憂いを帯びた蝶が、音を立てず群れ遊ぶように見えた。 飴緑色の半透明な茎を、根を埋めた水苔のもくもくした際から見あげると、宛・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫