・・・あの時のリュックサックの代りに、いまは背中に園子が眠っている。園子は何も知らずに眠っている。 背後から、我が大君に召されえたあるう、と実に調子のはずれた歌をうたいながら、乱暴な足どりで歩いて来る男がある。ゴホンゴホンと二つ、特徴のある咳・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ そうして私は、リュックサックにたくさんのものをつめ込んで、ぼんやり故郷に帰還しました。 あの、遠くから聞えて来た幽かな、金槌の音が、不思議なくらい綺麗に私からミリタリズムの幻影を剥ぎとってくれて、もう再び、あの悲壮らしい厳粛らしい・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・そのリュックサックの中にはいっているんです。塗ってあげましょうか。」 女は何も答えない。「電気をつけてもいいですか?」 男は起き上りかけた様子だ。リュックサックから、そのやけどの薬を取り出そうと思っているらしい。「いいのよ、・・・ 太宰治 「母」
・・・或る日、私は義憤を感じて、「兄さん、たまにはリュックサックをしょって、野菜でも買って来て下さいな。よその旦那さまは、たいていそうしているらしいわよ。」 と言ったら、ぶっとふくれて、「馬鹿野郎! おれはそんな下品な男じゃない。いい・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・噴火口に飛び込むのでもリュックサックをおろしたり靴を脱いだり上着をとったりしてかかるのが多いようである。どうせ死ぬために投身するならどちらでも同じではないかという気もするが、何かしら、そうしなければならない深刻な理由があると見える。 こ・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
出典:青空文庫