・・・これはツルゲーネフの書きたるものを二葉亭が訳して「あいびき」と題した短編の冒頭にある一節であって、自分がかかる落葉林の趣きを解するに至ったのはこの微妙な叙景の筆の力が多い。これはロシアの景でしかも林は樺の木で、武蔵野の林は楢の木、植物帯から・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ ところが、更に偽札は病院ばかりでなく、聯隊の者も、憲兵も、ロシア人も、掴まされていた。そして今は、偽札が西伯利亜の曠野を際涯もなく流れ拡まって行っていた。………… 黒島伝治 「穴」
・・・ さて、それを、ロシア語ではどう云ったらいいかな。 丘の下でどっか人声がするようだった。三十すぎの婦人の声だ。それに一人は日本人らしい。何を云っているのかな。彼はちょいと立止まった。なんでも声が、ガーリヤの母親に似ているような気がし・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 一昨年の夏、ロシアより帰国の途中物故した長谷川二葉亭を、朝野こぞって哀悼したころであった。杉村楚人冠は、わたくしにたわむれて、「君も先年アメリカへの往きか返りかに船のなかででも死んだら、えらいもんだったがなァ」といった。彼の言は、戯言・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・そうすれば、きっと日本もロシアみたいになります。 どうぞ、お願いします。 この手紙を、私のところへよく話しにくる或る小学教師が持って来た。高等科一年の級長の書いたものだそうである。原文のまゝである。――私はこれを読んで、もう一息・・・ 小林多喜二 「級長の願い」
・・・「ロシア革命万歳」「日本共産党バンザアーイ」 ワァーッ! という声が何処かの――確かに向う側の監房の開いた窓から、あがった。向うでも何かを云っている。俺の胸は早鐘を打った。 飯の車が俺の監房に廻わってきたとき、今度は向うの一・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・遠く満州の果てから帰国した親戚のものの置いて行ったみやげの残りだ。ロシアあたりの子供でもよろこびそうなボンボンだ。茶の間には末子が婆やを相手に、針仕事をひろげていた。私はその一つ一つ紙にひねってあるボンボンを娘に分け、婆やに分け、次郎のいる・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ ニイチェが人生観の、本能論の半面にあらわれた思想も、一種の自然主義と見る人がある。それならこれもまたルーソーの場合と同しく、わが疑惑内の一事実を提示するに過ぎないのは言うを待たぬ。 ロシアの作者、ツルゲネフやトルストイにあらわれた・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・却ってミュッセ、ドーデー、あの辺の作家をひそかに愛読しております。ロシアではトルストイ、ドストイエフスキーなど、やはりみな、それに感心しなければ、文人の資格に欠けるというようなことが常識になっていて、それは確かにそういうものなのでしょうけれ・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・リッシュに這入ったとき、大きな帽子を被った別品さんが、おれの事を「あなたロシアの侯爵でしょう」と云って、「あなたにお目に掛かった記念にしますから、二十マルクを一つ下さいな」と云ったっけ。 ホテルに帰ったのは、午前六時であった。自動車のテ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫