・・・電柱に抱きつくようにして寄りかかり、ぜいぜい咽喉を鳴らしながら一休みしていると、果して、私のまえをどんどん走ってゆく人たちは、口々に、柳町、望富閣、と叫び合っているのである。私は、かえって落ちついた。こんどは、ゆっくり歩いて、県庁のまえまで・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 畑の他の場所へ移って、一休みしていると、またも頭の真上から火の雨。へんな言い方だが、生きている人間には何か神性の一かけらでもあるのか、私たちばかりではなく、その畑に逃げて来ている人たち全部、誰もやけどをしなかった。おのおのが、その身辺・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ その会話に依って私は、男は帰還の航空兵である事、そうしてたったいま帰還して、昨夜この港町に着いて、彼の故郷はこの港町から三里ほど歩いて行かなければならぬ寒村であるから、ここで一休みして、夜が明けたらすぐに故郷の生家に向って出発するとい・・・ 太宰治 「母」
・・・東京からの遊覧の客も、必ずここで一休みする。バスから降りて、まず崖の上から立小便して、それから、ああいいながめだ、と讃嘆の声を放つのである。 遊覧客たちの、そんな嘆声に接して、私は二階で仕事がくるしく、ごろり寝ころんだまま、その天下第一・・・ 太宰治 「富士に就いて」
・・・井上唖々さんという竹馬の友と二人、梅にはまだすこし早いが、と言いながら向島を歩み、百花園に一休みした後、言問まで戻って来ると、川づら一帯早くも立ちまよう夕靄の中から、対岸の灯がちらつき、まだ暮れきらぬ空から音もせずに雪がふって来た。 今・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・迂遠な私は、落付いて一休みして行く積りなのだと思って居たのであった。 面喰い、猶も同じ疑問に拘泥して居る間に、彼は、薄平たい風呂敷包みを持って立ち上った。そして、片手の指には、火のつき煙の立つ煙草を挟んだまま、両足を開いて立ち、「失・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・趣味、余技などというなまやさしいところを抜け、百姓ならば汗だくだくになって振った鍬を一休みし、額や頸でも拭きながら腰を延して「やあ、どうだ、うまく行くか」と声をかけ合う、そういう交りが実に実に欲しいのだ。 男の人は誰でもそういう友達があ・・・ 宮本百合子 「大切な芽」
・・・夕飯がすんで夜の九時頃、私が自分の勉強も一休みしようと部屋から食堂に出てゆくと、質素な、別に似合うでもないどてらを着た父がテーブルの横のところに坐って帳面をひろげ、鉛筆をもって頻りにプランを描いております。草案をねるという工合のようでした。・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・ご免をこうむってちょっと一休みいたしましょう」 こう言って長十郎は起って居間にはいったが、すぐに部屋の真ん中に転がって、鼾をかきだした。女房があとからそっとはいって枕を出して当てさせたとき、長十郎は「ううん」とうなって寝返りをしただけで・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫