・・・ 人生の進路も、生活の形態も、一元的に決定することはできないであろう。故に、一つの主義が勃興すれば、それと対蹠的な主義が生起する。かくして、その相剋の間に真理は見出されるのを常とします。しかし、真の殉教者は、そのいずれに於ても、狂信的な・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・たが、しかし、純粋小説とは純粋になればなるほど形式が不純になり、複雑になり、構成は何重にも織り重って遠近法は無視され、登場人物と作者の距離は、映画のカメラアングルのように動いて、眼と手は互いに裏切り、一元描写や造形美術的な秩序からますます遠・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・剛勇ではあり、多勢ではあり、案内は熟く知っていたので、忽に淀の城を攻落し、与二は兄を一元寺で詰腹切らせてしまった。その功で与二は兄の跡に代って守護代となった。 阿波の六郎澄元は与一の方から何らかの使者を受取ったのであろう、悠然として上洛・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・わたくし、これを一元描写でやろうと思うのさ。私という若い渡り鳥が、ただ東から西、西から東とうろうろしているうちに老いてしまうという主題なのです。仲間がだんだん死んでいきましてね。鉄砲で打たれたり、波に呑まれたり、飢えたり、病んだり、巣のあた・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ 思索の形式が一元的であること。すなわち、きっと悟り顔であること。われから惑乱している姿は、たえて無い。一方的観察を固持して、死ぬるとも疑わぬ。真理追及の学徒ではなしに、つねに、達観したる師匠である。かならず、お説教をする。最も写実・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・従って律動感の最も本質的なものは時間的に一元的な音響的音楽的律動である。律動的な音は子供でも野蛮人でも自然に踊り出させるのであるが、無声無伴楽映画のかなり律動的な場面を見ても、訓練されない観客はなかなか足拍子手拍子をとるような気分にはならな・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・このような云わば一元的 one dimensional な権威といえども学修者研究者にとって甚だ必要なものである事は勿論である。 今ここに夏休みに温泉に出かけようとする人がある。その人にとっては先ず全国の温泉案内書のようなものは甚だ重宝・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・いよいよ進んで物質とエネルギーは一元に帰しようとする傾向さえ生じている。従来不可解の疑問たる万有引力なるものもまた光との間になんらかの連鎖をほのめかしているのである。 物理の理の字は正にかくのごとき総括を意味するとも云える。直接五感に触・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・即ち昔は一元的、今は二元的である、すべて孝で貫き忠で貫く事はできぬ。これは想像の結果である。昔の感激主義に対して今の教育はそれを失わする教育である、西洋では迷より覚めるという、日本では意味が違うが、まあディスイリュージョン、さめる、というの・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・もっとも社会と云うものはいつでも一元では満足しない。物は極まれば通ずとかいう諺の通り、浪漫主義の道徳が行きづまれば自然主義の道徳がだんだん頭を擡げ、また自然主義の道徳の弊が顕著になって人心がようやく厭気に襲われるとまた浪漫主義の道徳が反動と・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
出典:青空文庫