・・・血の中に宿っている生命の熱は宮本の教えた法則通り、一分一厘の狂いもなしに刻薄に線路へ伝わっている。そのまた生命は誰のでも好い、職に殉じた踏切り番でも重罪犯人でも同じようにやはり刻薄に伝わっている。――そういう考えの意味のないことは彼にも勿論・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・彼の風貌は、馬場の形容を基にして私が描いて置いた好悪ふたつの影像のうち、わるいほうの影像と一分一厘の間隙もなくぴったり重なり合った。そうして尚さらいけないことには、そのときの太宰の服装がそっくり、馬場のかねがね最もいみきらっているたちのもの・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・何故かなら会社で必要なのは、一分一厘違わず、スポッとその中へ発電所が嵌りさえすればいいのだったから。 川下の方の捲上げ道を登れば、そのまま彼等は飯場まで帰る事が出来た。飯場には吹き曝しであるにしても風呂が湧いていた。風呂は晩酌と同じ程、・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫